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日本バレーボール協会は29日、男子の北京五輪世界最終予選兼アジア大陸予選(31日~6月8日、東京体育館)の代表選手12人を発表した。1992年バルセロナ五輪代表で38歳の荻野正二(サントリー)、2006年世界選手権、07年ワールドカップ(W杯)代表の山本隆弘(パナソニック)、越川優(サントリー)らが選ばれた。候補に入っていた柴田恭平、富松崇彰(ともに東レ)は外れた。
荻野正二(おぎの まさじ、1970年1月8日 - )は日本のバレーボール選手。バレーボール全日本選手。福井県遠敷郡上中町(現三方上中郡若狭町)出身。福井工業大学附属福井高等学校卒業。
サイドの選手として安定したサーブレシーブと要所での得点で、所属チームのサントリーサンバーズになくてはならない存在である。また、オリンピックを経験した中では現役を続ける数少ない選手である。
アテネオリンピック最終予選終了後に全日本男子監督に就任した植田辰哉の要請で、2005年に約7年ぶりの全日本復帰を果たし、キャプテンを務めている。
2007年、Vリーグ40回大会記念特別表彰においてVリーグ栄誉賞を受賞。
全日本代表としての主な国際大会出場歴
オリンピック - 1992年
世界選手権 - 1998年、2006年
ワールドカップ - 1991年、1995年、2007年
1989年 第23回日本リーグ サーブ賞・レシーブ賞
1990年 第24回日本リーグ サーブ賞・レシーブ賞・ベスト6
1993年 第27回日本リーグ レシーブ賞
1996年 第3回Vリーグ レシーブ賞
2004年 第11回Vリーグ レシーブ賞
2005年 第12回Vリーグ レシーブ賞
2007年 06/07V・プレミアリーグ レシーブ賞・ベスト6
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2008年5月31日土曜日
2008年5月30日金曜日
五輪最終予選31日開幕 2枚の切符争う Volleyball
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北京五輪出場権をかけた男子バレーボールの世界最終予選兼アジア予選は31日、東京体育館で開幕する。日本を含む8カ国が出場し、2枚の五輪切符を争う。国際バレーボール連盟の世界ランク12位の日本は、92年バルセロナ五輪以来4大会ぶりの五輪出場を目指す。
出場国は、アジア予選を兼ねている日本▽オーストラリア(世界ランク11位)▽韓国(16位)▽イラン(26位)▽タイ(28位)--の5カ国とアルゼンチン(6位)▽イタリア(10位)▽アルジェリア(60位)。総当たり戦で全体の1位と、それを除くアジア勢最上位が五輪出場権を得る。
日本は石島雄介(堺)、越川優(サントリー)を両軸に、速攻と連係を強化してきた。今月中旬からは合宿での練習相手に、米国代表の若手選手も招き、「高さ対策」に努めた。
初戦はアテネ五輪銀メダルのイタリアが相手だが、昨年の公式試合は2勝2敗と五分。植田辰哉監督は「レシーブに穴もある。厳しいサーブで攻めたい」と意気込む。アジア勢で最大のライバルのオーストラリアには昨年2連敗。主将の荻野正二(サントリー)は「強敵だが皆が100%の力を出し、(五輪出場を決めた)女子に続きたい」と話した。
五輪出場権(12チーム)は、開催国の中国、昨年のワールドカップ上位3カ国のブラジル、ロシア、ブルガリア、各大陸予選を制した米国、ベネズエラ、エジプト、セルビア、さらに今月、ドイツで開かれた世界最終予選を制したドイツを加えた計9カ国が、既に獲得。30日からはポルトガルでも最終予選(参加4チームの最上位が五輪出場権獲得)が行われる
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北京五輪出場権をかけた男子バレーボールの世界最終予選兼アジア予選は31日、東京体育館で開幕する。日本を含む8カ国が出場し、2枚の五輪切符を争う。国際バレーボール連盟の世界ランク12位の日本は、92年バルセロナ五輪以来4大会ぶりの五輪出場を目指す。
出場国は、アジア予選を兼ねている日本▽オーストラリア(世界ランク11位)▽韓国(16位)▽イラン(26位)▽タイ(28位)--の5カ国とアルゼンチン(6位)▽イタリア(10位)▽アルジェリア(60位)。総当たり戦で全体の1位と、それを除くアジア勢最上位が五輪出場権を得る。
日本は石島雄介(堺)、越川優(サントリー)を両軸に、速攻と連係を強化してきた。今月中旬からは合宿での練習相手に、米国代表の若手選手も招き、「高さ対策」に努めた。
初戦はアテネ五輪銀メダルのイタリアが相手だが、昨年の公式試合は2勝2敗と五分。植田辰哉監督は「レシーブに穴もある。厳しいサーブで攻めたい」と意気込む。アジア勢で最大のライバルのオーストラリアには昨年2連敗。主将の荻野正二(サントリー)は「強敵だが皆が100%の力を出し、(五輪出場を決めた)女子に続きたい」と話した。
五輪出場権(12チーム)は、開催国の中国、昨年のワールドカップ上位3カ国のブラジル、ロシア、ブルガリア、各大陸予選を制した米国、ベネズエラ、エジプト、セルビア、さらに今月、ドイツで開かれた世界最終予選を制したドイツを加えた計9カ国が、既に獲得。30日からはポルトガルでも最終予選(参加4チームの最上位が五輪出場権獲得)が行われる
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2008年5月29日木曜日
「隠れたセッター」にも注目
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メンバーはファンの皆さんもご存じの通り。
控えのセッターには、昨年のワールドカップメンバーにも選ばれた河合由貴。
大会の流れによってはワールドカップ以上に出場機会が増える可能性もある。
センター陣はスタメンが固い杉山祥子と荒木絵里香。
攻撃もさることながらブロックで強烈な印象を残してほしい。
加えてベテランの多治見麻子と大村加奈子。
4人のフル稼働を望みたい。
レフト、ライトと機動力がカギになる栗原恵、木村沙織、高橋みゆき、そして新加入の狩野美雪。
セッター対角には狩野。
そして事前合宿でのスタメンを見ると、レフト対角は栗原-木村のラインが固い。
高橋がユーティリティーの役割を担うことになりそうだが、その働きを十分にできればチームにとってプラスになることも多いはずだ。
そして守備では桜井由香、リベロの佐野優子。
二人には「守備で点を取れた」と言わしめるぐらい、できれば玄人好みのボールさばきを見せてほしい。
レシーブが乱れて竹下がトスを上げられないときにも、「隠れたセッター」としてアタックラインより後ろのゾーンで栗原らにバックアタックのトスを意識的に上げるところを、ぜひとも見せてもらいたい。
今大会に臨む全日本に対しキーワードをあげるとしたら、「確実な意外性」をゲーム展開のあちこちにちりばめることだろう。
これは五輪出場だけでなく、五輪での戦いを視野に入れてのキーワードである。
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メンバーはファンの皆さんもご存じの通り。
控えのセッターには、昨年のワールドカップメンバーにも選ばれた河合由貴。
大会の流れによってはワールドカップ以上に出場機会が増える可能性もある。
センター陣はスタメンが固い杉山祥子と荒木絵里香。
攻撃もさることながらブロックで強烈な印象を残してほしい。
加えてベテランの多治見麻子と大村加奈子。
4人のフル稼働を望みたい。
レフト、ライトと機動力がカギになる栗原恵、木村沙織、高橋みゆき、そして新加入の狩野美雪。
セッター対角には狩野。
そして事前合宿でのスタメンを見ると、レフト対角は栗原-木村のラインが固い。
高橋がユーティリティーの役割を担うことになりそうだが、その働きを十分にできればチームにとってプラスになることも多いはずだ。
そして守備では桜井由香、リベロの佐野優子。
二人には「守備で点を取れた」と言わしめるぐらい、できれば玄人好みのボールさばきを見せてほしい。
レシーブが乱れて竹下がトスを上げられないときにも、「隠れたセッター」としてアタックラインより後ろのゾーンで栗原らにバックアタックのトスを意識的に上げるところを、ぜひとも見せてもらいたい。
今大会に臨む全日本に対しキーワードをあげるとしたら、「確実な意外性」をゲーム展開のあちこちにちりばめることだろう。
これは五輪出場だけでなく、五輪での戦いを視野に入れてのキーワードである。
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2008年5月28日水曜日
竹下の負担軽減、センター線からの得点がポイントに
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4年の歳月は実に短く、駆け足で過ぎていくものだとあらためて思う。
2004年アテネ五輪へは、アジア予選兼世界最終予選で韓国を破り、アジア代表として出場を決めた。
キャプテンを務めた吉原知子を中心にまとまりが見られ、試合内容を見ていて実に気持ち良い勝ち方であった。
あれから4年。
北京五輪出場に向けて最後のチャンスとなる大会開催まであとわずかとなった。
キャプテンでセッターの竹下佳江が前回出場の経験をもとに、どのように戦いをリードしていくか期待したい。
今大会は五輪経験者がチームのほとんどを占めている。
その分、セッターである竹下が抱える「リーダーシップを取る負担」を、ほかの選手が軽減させてあげること。
そしてトスワークで何倍ものリーダーシップを発揮できるよう、集中させてあげることも大切な要素だ。
また、センター線にはセット平均1.5本~1.8本、欲を言えば2本のブロックを求めたい。
25点中、センター2人で4点である。
流れない、振られてもしつこくついて行き、ワンタッチを取るブロックも必要である。
攻撃陣はラリー中の波状攻撃とその攻めの手を緩めないことだろう。
ラリーを制することはチームがよりリズムに乗り、精神的にも相手より2~3点は優位に立てるからだ。
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4年の歳月は実に短く、駆け足で過ぎていくものだとあらためて思う。
2004年アテネ五輪へは、アジア予選兼世界最終予選で韓国を破り、アジア代表として出場を決めた。
キャプテンを務めた吉原知子を中心にまとまりが見られ、試合内容を見ていて実に気持ち良い勝ち方であった。
あれから4年。
北京五輪出場に向けて最後のチャンスとなる大会開催まであとわずかとなった。
キャプテンでセッターの竹下佳江が前回出場の経験をもとに、どのように戦いをリードしていくか期待したい。
今大会は五輪経験者がチームのほとんどを占めている。
その分、セッターである竹下が抱える「リーダーシップを取る負担」を、ほかの選手が軽減させてあげること。
そしてトスワークで何倍ものリーダーシップを発揮できるよう、集中させてあげることも大切な要素だ。
また、センター線にはセット平均1.5本~1.8本、欲を言えば2本のブロックを求めたい。
25点中、センター2人で4点である。
流れない、振られてもしつこくついて行き、ワンタッチを取るブロックも必要である。
攻撃陣はラリー中の波状攻撃とその攻めの手を緩めないことだろう。
ラリーを制することはチームがよりリズムに乗り、精神的にも相手より2~3点は優位に立てるからだ。
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2008年5月27日火曜日
メグで北京王手!最多16得点で日本救った…volleyball
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北京五輪女子世界最終予選第4日(21日、東京体育館)北京に王手!
世界ランキング8位の日本は、同14位のドミニカ共和国に3-1で勝利。
開幕4連勝を飾った。
エース栗原恵(23)=パイオニア=がチーム最多の16得点をマークし、相手を突き放した。
23日は同11位の韓国と対戦し、勝てば2大会連続の五輪出場が決まる。
北京へのあふれる思いをプレーにぶつけた。
栗原はスパイク14得点、ブロック1得点、サーブ1得点で、18日のプエルトリコ戦、20日のカザフスタン戦に続く3試合連続のチーム最多得点。
試合が終わると顔を両手で覆い、喜びをかみしめた。
「みんなに助けられました。感謝します。どの試合も気が抜けない展開なので、次も頑張りたい」
第4セットには今大会初のサービスエースも成功させた栗原。
勝利が増すごとに復調するエースの心の支えは、後輩たちの活躍だった。
3月8、9日に山口県内でVリーグの公式戦が行われ、その合間を利用して、母校の山口・誠英高を訪れた。4年前のアテネ五輪出場決定後も足を運んだが、そのときは多忙を極め、バレー部の練習をじっくり見学することができなかった。
今回は春高バレーの大会直前だったため、選手たちにアドバイスを送った。
1年生のとき、春高バレーで優勝(当時の校名は三田尻女)し、全日本選出の足がかりを作った栗原は、夢中になってボールを追いかける在校生たちの姿をみて、新鮮な気持ちが芽生えたという。
後輩たちは栗原のゲキに応え、3年ぶりにベスト4進出。
今度は先輩の意地をみせなければ、との思いが膨らんだ。
23日の韓国戦は北京行きをかけた戦いとなる。
現在、韓国は2敗、タイは3敗、カザフスタンは4敗。
日本が勝てばアジア最上位が確定し、2大会連続の五輪切符が手に入る。
2セット目を落とした直後の休憩(10分間)で気持ちを入れかえ勝利を呼び込んだ選手たちに、柳本晶一監督(56)は「苦しい場面もチーム一丸で頑張っている」と目を細め、「韓国戦で決めたい」と宣言。
4年前も4戦全勝で韓国と激突し、ストレート勝ちでアテネ出場権を手に入れた。
韓国にはアテネ五輪では敗れたが、それ以降は10連勝中。
もう永遠のライバルとはいわせない。
アジア最強対決を制し、プリンセスメグが北京へ第一歩を踏み出す。
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北京五輪女子世界最終予選第4日(21日、東京体育館)北京に王手!
世界ランキング8位の日本は、同14位のドミニカ共和国に3-1で勝利。
開幕4連勝を飾った。
エース栗原恵(23)=パイオニア=がチーム最多の16得点をマークし、相手を突き放した。
23日は同11位の韓国と対戦し、勝てば2大会連続の五輪出場が決まる。
北京へのあふれる思いをプレーにぶつけた。
栗原はスパイク14得点、ブロック1得点、サーブ1得点で、18日のプエルトリコ戦、20日のカザフスタン戦に続く3試合連続のチーム最多得点。
試合が終わると顔を両手で覆い、喜びをかみしめた。
「みんなに助けられました。感謝します。どの試合も気が抜けない展開なので、次も頑張りたい」
第4セットには今大会初のサービスエースも成功させた栗原。
勝利が増すごとに復調するエースの心の支えは、後輩たちの活躍だった。
3月8、9日に山口県内でVリーグの公式戦が行われ、その合間を利用して、母校の山口・誠英高を訪れた。4年前のアテネ五輪出場決定後も足を運んだが、そのときは多忙を極め、バレー部の練習をじっくり見学することができなかった。
今回は春高バレーの大会直前だったため、選手たちにアドバイスを送った。
1年生のとき、春高バレーで優勝(当時の校名は三田尻女)し、全日本選出の足がかりを作った栗原は、夢中になってボールを追いかける在校生たちの姿をみて、新鮮な気持ちが芽生えたという。
後輩たちは栗原のゲキに応え、3年ぶりにベスト4進出。
今度は先輩の意地をみせなければ、との思いが膨らんだ。
23日の韓国戦は北京行きをかけた戦いとなる。
現在、韓国は2敗、タイは3敗、カザフスタンは4敗。
日本が勝てばアジア最上位が確定し、2大会連続の五輪切符が手に入る。
2セット目を落とした直後の休憩(10分間)で気持ちを入れかえ勝利を呼び込んだ選手たちに、柳本晶一監督(56)は「苦しい場面もチーム一丸で頑張っている」と目を細め、「韓国戦で決めたい」と宣言。
4年前も4戦全勝で韓国と激突し、ストレート勝ちでアテネ出場権を手に入れた。
韓国にはアテネ五輪では敗れたが、それ以降は10連勝中。
もう永遠のライバルとはいわせない。
アジア最強対決を制し、プリンセスメグが北京へ第一歩を踏み出す。
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2008年5月26日月曜日
全日本女子volleyball、ドミニカ破り開幕4連勝 五輪最終予選
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女子バレーボールの北京五輪世界最終予選兼アジア予選は第4日の21日、東京体育館で4試合があり、日本はドミニカ共和国を3-1で破って開幕4連勝。
23日の韓国戦に勝てば、アジア圏での最上位が確定し、2大会連続の五輪出場が決まる。
敗れても他の試合の結果次第で全体の4位以内が確定すれば、北京への切符を獲得する。
セルビアはタイをストレートで降し、こちらも無傷の4連勝。
ポーランドは韓国を圧倒して3勝目。
プエルトリコは、カザフスタンからフルセットの末に初白星。
22日は休養日で試合はない。
日本、一戦一戦強くなる
竹下の顔は晴れやかだ。「相手がどう動くかを見て、一番いい選択肢を選んで試合を組み立てている」。
もつれても、しぶとさを原動力に、五輪切符に王手を掛けた。
V・プレミアリーグでも活躍する189センチ、ロンドン(デンソー)ら壁は高い。
第2セットは荒木の移動攻撃が再三、はね返された。
だが、きちんと修正できるのが今の日本だ。
荒木は竹下とのあうんの呼吸で、さらに体一つ右へ大きく開く移動攻撃で相手のマークを微妙に外す。
「ブロックの形を見て、ベンチとも相談して修正している」と荒木。
微調整で息を吹き返し、木村のバックアタックも織り交ぜて揺さぶる。
「床上2、3センチのつなぎは世界でも屈指」と柳本監督が誇ってきたのは、守りでの粘りだった。
だが今は攻撃でも、状況判断で粘りがついた。監督は「一戦一戦強くなっている」と断言する。
王手を掛けて迎える一戦は韓国が相手。
過去3年は10連勝とお得意様だが、若手の力が伸びている。
その難敵をもしぶとく料理できれば、五輪本番も楽しみになる。
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女子バレーボールの北京五輪世界最終予選兼アジア予選は第4日の21日、東京体育館で4試合があり、日本はドミニカ共和国を3-1で破って開幕4連勝。
23日の韓国戦に勝てば、アジア圏での最上位が確定し、2大会連続の五輪出場が決まる。
敗れても他の試合の結果次第で全体の4位以内が確定すれば、北京への切符を獲得する。
セルビアはタイをストレートで降し、こちらも無傷の4連勝。
ポーランドは韓国を圧倒して3勝目。
プエルトリコは、カザフスタンからフルセットの末に初白星。
22日は休養日で試合はない。
日本、一戦一戦強くなる
竹下の顔は晴れやかだ。「相手がどう動くかを見て、一番いい選択肢を選んで試合を組み立てている」。
もつれても、しぶとさを原動力に、五輪切符に王手を掛けた。
V・プレミアリーグでも活躍する189センチ、ロンドン(デンソー)ら壁は高い。
第2セットは荒木の移動攻撃が再三、はね返された。
だが、きちんと修正できるのが今の日本だ。
荒木は竹下とのあうんの呼吸で、さらに体一つ右へ大きく開く移動攻撃で相手のマークを微妙に外す。
「ブロックの形を見て、ベンチとも相談して修正している」と荒木。
微調整で息を吹き返し、木村のバックアタックも織り交ぜて揺さぶる。
「床上2、3センチのつなぎは世界でも屈指」と柳本監督が誇ってきたのは、守りでの粘りだった。
だが今は攻撃でも、状況判断で粘りがついた。監督は「一戦一戦強くなっている」と断言する。
王手を掛けて迎える一戦は韓国が相手。
過去3年は10連勝とお得意様だが、若手の力が伸びている。
その難敵をもしぶとく料理できれば、五輪本番も楽しみになる。
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2008年5月25日日曜日
日本女子volleyball、カザフをストレートで破り3連勝
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女子バレーボールの北京五輪世界最終予選兼アジア予選は第3日の20日、東京体育館で4試合があり、日本はカザフスタンを3-0で降し、3連勝を今大会初のストレート勝ちで飾った。
韓国をストレートで破ったセルビアも全勝をキープ。
ポーランドはドミニカ共和国を逆転で破って2勝目、タイはプエルトリコを破り、初勝利を挙げた。
日本は第4日の21日、ドミニカ共和国と対戦する。
大会には日本、ポーランド、プエルトリコ、カザフスタン、ドミニカ共和国、韓国、タイ、セルビアの8カ国が参加。
総当たりのリーグ戦で出場枠4を争う。
▽リーグ戦1位▽アジアの最上位▽それ以外の上位2チーム--が五輪出場権を獲得する。
日本は04年アテネ五輪に続いて2大会連続10度目の五輪出場を目指す。
タイ(1勝2敗)3-0プエルトリコ(3敗)、
セルビア(3勝)3-0韓国(2勝1敗)、
ポーランド(2勝1敗)3-1ドミニカ共和国(1勝2敗)、
日本(3勝)3-0カザフスタン(3敗)
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女子バレーボールの北京五輪世界最終予選兼アジア予選は第3日の20日、東京体育館で4試合があり、日本はカザフスタンを3-0で降し、3連勝を今大会初のストレート勝ちで飾った。
韓国をストレートで破ったセルビアも全勝をキープ。
ポーランドはドミニカ共和国を逆転で破って2勝目、タイはプエルトリコを破り、初勝利を挙げた。
日本は第4日の21日、ドミニカ共和国と対戦する。
大会には日本、ポーランド、プエルトリコ、カザフスタン、ドミニカ共和国、韓国、タイ、セルビアの8カ国が参加。
総当たりのリーグ戦で出場枠4を争う。
▽リーグ戦1位▽アジアの最上位▽それ以外の上位2チーム--が五輪出場権を獲得する。
日本は04年アテネ五輪に続いて2大会連続10度目の五輪出場を目指す。
タイ(1勝2敗)3-0プエルトリコ(3敗)、
セルビア(3勝)3-0韓国(2勝1敗)、
ポーランド(2勝1敗)3-1ドミニカ共和国(1勝2敗)、
日本(3勝)3-0カザフスタン(3敗)
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2008年5月24日土曜日
佐野、拾って拾ってパブロワ止める
バレーボールの北京五輪女子世界最終予選兼アジア予選で連勝スタートを切った日本は20日、昨季のVリーグ得点王エレーナ・パブロワ(29)=久光製薬=を擁するカザフスタンと対戦する。
リベロ佐野優子(28)=同=は19日、チームメートでもあるパブロワの弱点として精神面を指摘。
スパイクを拾いまくり、相手が自滅する形に追い込む。
昨日の友は今日の敵。
この日、都内の体育館で1時間半の練習を行った全日本。
練習前に柳本晶一監督(56)が約20分間にわたって訓示を行うなど熱が入る中、佐野はカザフスタンのパブロワ主将に警戒心を強めた。
「すごく波のある選手だけど、乗せてしまったら大変。こちらが粘って、相手の集中力を切れさせる試合をしたい」
06年世界選手権での活躍が認められ、昨季から久光製薬へ加入したパブロワは、スパイクの最高到達点3メートル15の高さを武器に692得点で得点王に輝いた。
佐野はVリーグでリベロとして後方からその破壊力をみてきたが、外国人対策は誰よりも実戦で経験してきた。
アテネ五輪世界最終予選兼アジア予選では、大会直前の代表合宿で最終メンバーから外れ、涙を流した。
裏方として2大会ぶりの五輪出場を見届けた後、フランスに渡りRCカンヌで2年間プレー。
欧州チャンピオンズリーグ準優勝に貢献しベストリベロ賞に輝いた。
06年に久光製薬へ移籍し全日本にも復帰。レギュラーの座を勝ち取った。
カザフスタンの世界ランキングは16位で、同8位の日本より格が下だが、18日のプエルトリコ戦で声をからした柳本監督はこの日、報道陣に無言を貫いた。
連勝発進も指揮官に疲労がたまっていることは事実。
1メートル59の小さな守護神・佐野がパブロワを黙らせ、柳本ジャパンを3連勝へ導く。
リベロ佐野優子(28)=同=は19日、チームメートでもあるパブロワの弱点として精神面を指摘。
スパイクを拾いまくり、相手が自滅する形に追い込む。
昨日の友は今日の敵。
この日、都内の体育館で1時間半の練習を行った全日本。
練習前に柳本晶一監督(56)が約20分間にわたって訓示を行うなど熱が入る中、佐野はカザフスタンのパブロワ主将に警戒心を強めた。
「すごく波のある選手だけど、乗せてしまったら大変。こちらが粘って、相手の集中力を切れさせる試合をしたい」
06年世界選手権での活躍が認められ、昨季から久光製薬へ加入したパブロワは、スパイクの最高到達点3メートル15の高さを武器に692得点で得点王に輝いた。
佐野はVリーグでリベロとして後方からその破壊力をみてきたが、外国人対策は誰よりも実戦で経験してきた。
アテネ五輪世界最終予選兼アジア予選では、大会直前の代表合宿で最終メンバーから外れ、涙を流した。
裏方として2大会ぶりの五輪出場を見届けた後、フランスに渡りRCカンヌで2年間プレー。
欧州チャンピオンズリーグ準優勝に貢献しベストリベロ賞に輝いた。
06年に久光製薬へ移籍し全日本にも復帰。レギュラーの座を勝ち取った。
カザフスタンの世界ランキングは16位で、同8位の日本より格が下だが、18日のプエルトリコ戦で声をからした柳本監督はこの日、報道陣に無言を貫いた。
連勝発進も指揮官に疲労がたまっていることは事実。
1メートル59の小さな守護神・佐野がパブロワを黙らせ、柳本ジャパンを3連勝へ導く。
今後の対戦相手は手ごわい“日本通” Vリーグ主軸擁し 北京五輪世界最終予選
女子バレーボールの北京五輪世界最終予選兼アジア予選で、2戦2勝と好スタートを切った日本。
しかし20日以降も、油断のならない相手が続く。
特にドミニカ共和国、カザフスタン、セルビアは、日本のVリーグでプレーした選手を擁する。
各チームのエース格で、日本の特徴も熟知するだけに注意が必要だ。
大会初日、タイ戦に勝ったドミニカ共和国のチーム関係者が、日本人記者らに機嫌よく話しかけた。
試合中、自国の選手を応援する日本語の声援に感激した様子。
「『イケー』って、『レッツゴー』という意味なんだね。(母語の)スペイン語の『それで、何?』に聞こえるんだ」と笑った。
ドミニカ共和国には、Vリーグ各チームのエースがずらりと並ぶ。
東レのデラクルス、デンソーのロンドン、V・チャレンジリーグの上尾でプレーするヌニェス(Vリーグ登録はヌネス・シダルカ)。
デラクルスがサーブレシーブに入る布陣で、守備やつなぎは不安定だが、パワーと高さは今大会でも指折り。試合後には所属チーム関係者や熱心なファンと手を振り合い、ホームゲームのような雰囲気だ。
このほか、パブロワ(カザフスタン)、ニコリッチ(セルビア)も久光製薬、武富士でプレー。
会場には応援の横断幕が張られ、ファンから「ニコちゃん」などと、愛称で呼び止められたりしている。
今季のリーグ成績を見ても、各チームの主軸としてフル回転したことが分かる。
ほとんどの選手が、今月初旬に行われた黒鷲旗大会までチームに帯同。
ドミニカ共和国・ミゲル監督は「ロンドンたちは黒鷲旗の後いったん帰国し、改めて13日に来日した。(欧州でプレーする選手も含め)全員が集まって練習が出来たのは、それからだ」と話し、セルビアのテルジッチ監督は「各チームに言えることだが、準備期間は足りなかった」。
3月には一部主力選手を招集して合宿を重ねた日本は、チーム作りで先んじる。
ライバルがチームとしてまとまる前にたたき、五輪切符争いで優位に立ちたいところだ。
しかし20日以降も、油断のならない相手が続く。
特にドミニカ共和国、カザフスタン、セルビアは、日本のVリーグでプレーした選手を擁する。
各チームのエース格で、日本の特徴も熟知するだけに注意が必要だ。
大会初日、タイ戦に勝ったドミニカ共和国のチーム関係者が、日本人記者らに機嫌よく話しかけた。
試合中、自国の選手を応援する日本語の声援に感激した様子。
「『イケー』って、『レッツゴー』という意味なんだね。(母語の)スペイン語の『それで、何?』に聞こえるんだ」と笑った。
ドミニカ共和国には、Vリーグ各チームのエースがずらりと並ぶ。
東レのデラクルス、デンソーのロンドン、V・チャレンジリーグの上尾でプレーするヌニェス(Vリーグ登録はヌネス・シダルカ)。
デラクルスがサーブレシーブに入る布陣で、守備やつなぎは不安定だが、パワーと高さは今大会でも指折り。試合後には所属チーム関係者や熱心なファンと手を振り合い、ホームゲームのような雰囲気だ。
このほか、パブロワ(カザフスタン)、ニコリッチ(セルビア)も久光製薬、武富士でプレー。
会場には応援の横断幕が張られ、ファンから「ニコちゃん」などと、愛称で呼び止められたりしている。
今季のリーグ成績を見ても、各チームの主軸としてフル回転したことが分かる。
ほとんどの選手が、今月初旬に行われた黒鷲旗大会までチームに帯同。
ドミニカ共和国・ミゲル監督は「ロンドンたちは黒鷲旗の後いったん帰国し、改めて13日に来日した。(欧州でプレーする選手も含め)全員が集まって練習が出来たのは、それからだ」と話し、セルビアのテルジッチ監督は「各チームに言えることだが、準備期間は足りなかった」。
3月には一部主力選手を招集して合宿を重ねた日本は、チーム作りで先んじる。
ライバルがチームとしてまとまる前にたたき、五輪切符争いで優位に立ちたいところだ。
2008年5月22日木曜日
かつてはお家芸だった!日本VolleyBallの歴史をひも解く
5月17日より女子、31日より男子の「北京Olympic VolleyBall世界最終予選」が開幕。
男女日本代表が、揃って最後のチャンスに挑む。
同競技の五輪出場枠は12カ国。
男女各8カ国が出場する今大会では、女子が最上位チームやアジア圏第1位チームなど4カ国、男子が2カ国に出場権が与えられるが、残り枠数や参加国の顔ぶれを見ても、男子がより厳しい戦いを強いられることは必至だ。
メダル獲得はおろか、五輪出場さえも危ぶまれる昨今の日本代表。
特に男子は1992年バルセロナ大会以来出場がなく、現チームのなかで五輪経験者は最年長の38歳、荻野正二選手ただ一人になってしまった。
だが、日本バレーはかつて世界の頂点を極め、“お家芸”といわれた時代があった。
バレーボールが初めて五輪種目に採用された1964年の東京大会で、女子は金メダルを獲得。
その圧倒的な強さに欧州のメディアが“東洋の魔女”と名付けた。
一方、3位に終わった男子はその後、天才セッター猫田勝敏選手を軸にA、B、Cクイックなどの速攻を駆使したコンビバレーを世界に先がけて確立。
外国勢の高さとパワーに見事に打ち勝ち、メキシコシティー大会で銀、ミュンヘン大会で悲願の金メダルに輝いた。
しかし、次のモントリオール大会で4位に沈むと衰退の一途をたどる。
その原因とは…?
当時、新聞記者として各大会を現場で取材、大ヒットアニメ『ミュンヘンへの道』の原作者でもある作家の小泉志津男さんは、「無類のリーダーシップを振るった松平康隆監督の退任や、選手の世代交代がうまくいかなかったこと。
外国チームも次々とコンビバレーを採り入れるなか、新たな対策を打ち出せなかったことや、日本に不利なルール改正の影響もあった」と指摘。
その上で「今の選手たちには、ベテラン荻野のひたむきなプレーを見習い、出場権ではなくメダルという、さらに大きな希望を持って世界を目指してほしい」と激励する。
16年ぶりの男女アベック出場、お家芸復活を多くの国民が願っている。
男女日本代表が、揃って最後のチャンスに挑む。
同競技の五輪出場枠は12カ国。
男女各8カ国が出場する今大会では、女子が最上位チームやアジア圏第1位チームなど4カ国、男子が2カ国に出場権が与えられるが、残り枠数や参加国の顔ぶれを見ても、男子がより厳しい戦いを強いられることは必至だ。
メダル獲得はおろか、五輪出場さえも危ぶまれる昨今の日本代表。
特に男子は1992年バルセロナ大会以来出場がなく、現チームのなかで五輪経験者は最年長の38歳、荻野正二選手ただ一人になってしまった。
だが、日本バレーはかつて世界の頂点を極め、“お家芸”といわれた時代があった。
バレーボールが初めて五輪種目に採用された1964年の東京大会で、女子は金メダルを獲得。
その圧倒的な強さに欧州のメディアが“東洋の魔女”と名付けた。
一方、3位に終わった男子はその後、天才セッター猫田勝敏選手を軸にA、B、Cクイックなどの速攻を駆使したコンビバレーを世界に先がけて確立。
外国勢の高さとパワーに見事に打ち勝ち、メキシコシティー大会で銀、ミュンヘン大会で悲願の金メダルに輝いた。
しかし、次のモントリオール大会で4位に沈むと衰退の一途をたどる。
その原因とは…?
当時、新聞記者として各大会を現場で取材、大ヒットアニメ『ミュンヘンへの道』の原作者でもある作家の小泉志津男さんは、「無類のリーダーシップを振るった松平康隆監督の退任や、選手の世代交代がうまくいかなかったこと。
外国チームも次々とコンビバレーを採り入れるなか、新たな対策を打ち出せなかったことや、日本に不利なルール改正の影響もあった」と指摘。
その上で「今の選手たちには、ベテラン荻野のひたむきなプレーを見習い、出場権ではなくメダルという、さらに大きな希望を持って世界を目指してほしい」と激励する。
16年ぶりの男女アベック出場、お家芸復活を多くの国民が願っている。
2008年5月21日水曜日
女子VolleyBall 五輪世界最終予選 開幕2連勝
女子バレーボールの北京五輪世界最終予選兼アジア予選の第2日は18日、東京体育館で4試合を行った。
日本(世界ランク8位)はプエルトリコ(同19位)を3-1で破り、開幕2連勝。
このほかセルビアがドミニカ共和国を、韓国はフルセットの末タイを降して、ともに2勝目を挙げた。
第3日は20日に同体育館で行い、日本はカザフスタンと対戦する。
強敵倒し緩みも…日本
もっと簡単に勝つはずだった。
プエルトリコの世界ランクは、出場国中最下位。
そのせいだろうか。
緊張感がみなぎった前日のポーランド戦と比べて、日本に緩みがあった。
相手ミスに乗じて2セットを連取したが、第3セット、前後に揺さぶるサーブに高橋のレシーブが乱れた。連続6失点を喫し、高橋はベンチへ。
その後も差を詰められず、セットを失った。
しかし、ベンチで高橋は頭を冷やしていた。
相手のサーブやブロック、レシーブの位置を見極めると第4セット、再びコートへ。
相手ブロックが空けていたストレート方向を狙い、連続得点。チームも息を吹き返した。
柳本監督は03年2月の就任以来、187試合目にして通算勝利を100の大台に乗せた。
「ここまで来るとは思わなかった」。
思わぬ苦戦を物語るように、指揮官の声はかれていた。
五輪の切符を手にするまで気を緩める余裕はない。
今大会最年少は、ドミニカ共和国のリベロ・カスティージョ。
サーブレシーブやアタッカーへの指示など、大人びたプレーでチームの守備をしっかり支えている。
しかし、コートを出れば15歳。
試合後の会見には、左手を通訳に引かれ、右手で顔を隠して登場。
「バレーを始めたのは10歳。代表に初めて招集されてから、もう1年になります」と答えたが、二つ目の質問が出ると「もうこれで勘弁して」と照れ笑いした。
日本(世界ランク8位)はプエルトリコ(同19位)を3-1で破り、開幕2連勝。
このほかセルビアがドミニカ共和国を、韓国はフルセットの末タイを降して、ともに2勝目を挙げた。
第3日は20日に同体育館で行い、日本はカザフスタンと対戦する。
強敵倒し緩みも…日本
もっと簡単に勝つはずだった。
プエルトリコの世界ランクは、出場国中最下位。
そのせいだろうか。
緊張感がみなぎった前日のポーランド戦と比べて、日本に緩みがあった。
相手ミスに乗じて2セットを連取したが、第3セット、前後に揺さぶるサーブに高橋のレシーブが乱れた。連続6失点を喫し、高橋はベンチへ。
その後も差を詰められず、セットを失った。
しかし、ベンチで高橋は頭を冷やしていた。
相手のサーブやブロック、レシーブの位置を見極めると第4セット、再びコートへ。
相手ブロックが空けていたストレート方向を狙い、連続得点。チームも息を吹き返した。
柳本監督は03年2月の就任以来、187試合目にして通算勝利を100の大台に乗せた。
「ここまで来るとは思わなかった」。
思わぬ苦戦を物語るように、指揮官の声はかれていた。
五輪の切符を手にするまで気を緩める余裕はない。
今大会最年少は、ドミニカ共和国のリベロ・カスティージョ。
サーブレシーブやアタッカーへの指示など、大人びたプレーでチームの守備をしっかり支えている。
しかし、コートを出れば15歳。
試合後の会見には、左手を通訳に引かれ、右手で顔を隠して登場。
「バレーを始めたのは10歳。代表に初めて招集されてから、もう1年になります」と答えたが、二つ目の質問が出ると「もうこれで勘弁して」と照れ笑いした。
2008年5月20日火曜日
VolleyBallワールドグランドチャンピオンズカップ
ワールドグランドチャンピオンズカップ(通称、グラチャン)は、国際バレーボール連盟主催のバレーボールの国際大会である。
北中米、南米、ヨーロッパ、アジア各大陸チャンピオン4チームと開催国日本及び国際バレーボール連盟推薦チームの合計6チームが戦い世界一を決定する。
北中米、南米、ヨーロッパ、アジア各大陸チャンピオン4チームと開催国日本及び国際バレーボール連盟推薦チームの合計6チームが戦い世界一を決定する。
グラチャンは低迷した日本チームが世界のチームに挑戦するというコンセプトの大会としてスタートした。
またオリンピック、世界選手権、ワールドカップと比べて歴史も浅く格が劣る大会とされているため、バレーボールの戦術を大きく変えてしまうかも知れないルール改正を行う時は、とりあえずまずはグラチャンで試してみることが多い。
1993年の大会ではTUBEのヴォーカル前田亘輝が大会テーマソングを歌い大会を大いに盛り上げた。1997年の大会は、リベロ制が導入された初の国際大会である。
1993年の大会ではTUBEのヴォーカル前田亘輝が大会テーマソングを歌い大会を大いに盛り上げた。1997年の大会は、リベロ制が導入された初の国際大会である。
また各セット25分経過後に、ラリーポイント制になるという、25分併用ルールが導入されたが不評であったためそれ以降の大会では使われなかった。
この大会ではライジングプロダクション(現ヴィジョンファクトリー)のユニットMAXが大会テーマソングを歌い大会を大いに盛り上げた。
2001年の大会はウッチャンナンチャンのウリナリ!!が大会のサポーターを務めていた。
中継や関連番組のMCを担当する他、セット間の応援パフォーマンスなどを手がけた。
大会マスコットはグラちゃんで1993年の第1回大会から登場している。
鳥をモチーフとしておりバレーボールから頭と足を突き破った状態になっている。
このマスコットはバレーボールの持つスピード感、躍動感をイメージして作られた。
2008年5月19日月曜日
VolleyBallワールドグランプリ
バレーボール・ワールドグランプリ (Volleyball World Grand Prix) は、国際バレーボール連盟主催の女子ナショナルチームによる国際公式戦である。
男子部門大会であるワールドリーグを参考として1993年に創設された大会であり、女子バレーボール選手の国際経験の充実化と、テレビ放送によるバレーボールの普及・振興を目的としている。
毎年夏季(7月から8月ごろ)に世界のVolleyBall強豪12チームが参加して主にアジア地区を会場に試合が行われる。
2006年大会の賞金総額は143万5000ドルで、賞金は予選ラウンドにおいても各週のグループごとの成績に応じて支払われる。
競技は予選ラウンドと決勝ラウンドで構成される。
2004年大会以降参加チームは12チームで以下のとおり競技が行われる。
予選ラウンド
予選ラウンドでは毎週末3週間にわたり、参加12チームが、4チームずつ3会場に分かれてそれぞれ総当たり戦を行う。
決勝ラウンド
決勝ラウンド開催国と決勝ラウンド開催国を除く予選ラウンドの上位5チームが出場し優勝を争う。
歴代大会結果
開催年 決勝ラウンド開催地 優勝 準優勝 3位 4位
1993年 香港 キューバ 中華人民共和国 ロシア ブラジル
1994年 上海(中国) ブラジル キューバ 中華人民共和国 日本
1995年 上海(中国) アメリカ合衆国 ブラジル キューバ 中華人民共和国
1996年 上海(中国) ブラジル キューバ ロシア 中華人民共和国
1997年 神戸(日本) ロシア キューバ 大韓民国 日本
1998年 香港(中国) ブラジル ロシア キューバ 中華人民共和国
1999年 玉溪(中国) ロシア ブラジル 中華人民共和国 イタリア
2000年 マニラ(フィリピン) キューバ ロシア ブラジル 中華人民共和国
2001年 マカオ(中国) アメリカ合衆国 中華人民共和国 ロシア キューバ
2002年 香港(中国) ロシア 中華人民共和国 ドイツ ブラジル
2003年 アンドリア(イタリア) 中華人民共和国 ロシア アメリカ合衆国 オランダ
2004年 レッジョ・ディ・カラブリア(イタリア) ブラジル イタリア アメリカ合衆国 キューバ
2005年 仙台(日本) ブラジル イタリア 中華人民共和国 キューバ
2006年 レッジョ・ディ・カラブリア(イタリア) ブラジル ロシア イタリア キューバ
2007年 寧波(中国) オランダ 中華人民共和国 イタリア ロシア
2008年 横浜(日本)
1993年から1997年までNHKにて放送。
2001年および2002年はTBS系列で放送。
2004年から2006年まではフジテレビ系列にて放送。
2007年から2009年(予定)までは再びTBS系列での放送となる。
なお、前述の通り、「テレビ放送による普及・振興」目的のため、テレビ放送の無かった年度については、日本ラウンドも開催されていない。
男子部門大会であるワールドリーグを参考として1993年に創設された大会であり、女子バレーボール選手の国際経験の充実化と、テレビ放送によるバレーボールの普及・振興を目的としている。
毎年夏季(7月から8月ごろ)に世界のVolleyBall強豪12チームが参加して主にアジア地区を会場に試合が行われる。
2006年大会の賞金総額は143万5000ドルで、賞金は予選ラウンドにおいても各週のグループごとの成績に応じて支払われる。
競技は予選ラウンドと決勝ラウンドで構成される。
2004年大会以降参加チームは12チームで以下のとおり競技が行われる。
予選ラウンド
予選ラウンドでは毎週末3週間にわたり、参加12チームが、4チームずつ3会場に分かれてそれぞれ総当たり戦を行う。
決勝ラウンド
決勝ラウンド開催国と決勝ラウンド開催国を除く予選ラウンドの上位5チームが出場し優勝を争う。
歴代大会結果
開催年 決勝ラウンド開催地 優勝 準優勝 3位 4位
1993年 香港 キューバ 中華人民共和国 ロシア ブラジル
1994年 上海(中国) ブラジル キューバ 中華人民共和国 日本
1995年 上海(中国) アメリカ合衆国 ブラジル キューバ 中華人民共和国
1996年 上海(中国) ブラジル キューバ ロシア 中華人民共和国
1997年 神戸(日本) ロシア キューバ 大韓民国 日本
1998年 香港(中国) ブラジル ロシア キューバ 中華人民共和国
1999年 玉溪(中国) ロシア ブラジル 中華人民共和国 イタリア
2000年 マニラ(フィリピン) キューバ ロシア ブラジル 中華人民共和国
2001年 マカオ(中国) アメリカ合衆国 中華人民共和国 ロシア キューバ
2002年 香港(中国) ロシア 中華人民共和国 ドイツ ブラジル
2003年 アンドリア(イタリア) 中華人民共和国 ロシア アメリカ合衆国 オランダ
2004年 レッジョ・ディ・カラブリア(イタリア) ブラジル イタリア アメリカ合衆国 キューバ
2005年 仙台(日本) ブラジル イタリア 中華人民共和国 キューバ
2006年 レッジョ・ディ・カラブリア(イタリア) ブラジル ロシア イタリア キューバ
2007年 寧波(中国) オランダ 中華人民共和国 イタリア ロシア
2008年 横浜(日本)
1993年から1997年までNHKにて放送。
2001年および2002年はTBS系列で放送。
2004年から2006年まではフジテレビ系列にて放送。
2007年から2009年(予定)までは再びTBS系列での放送となる。
なお、前述の通り、「テレビ放送による普及・振興」目的のため、テレビ放送の無かった年度については、日本ラウンドも開催されていない。
2008年5月18日日曜日
VolleyBallワールドリーグ
バレーボール・ワールドリーグは、国際バレーボール連盟公認の男子ナショナルチームによる国際リーグ大会である。
1990年に開幕し、世界各大陸を代表する強豪が参加。
毎年5月~6月にかけて参加各国2回ずつ(計4回)の総当たり戦(ホーム・アンド・アウェー方式)での予選リーグ「インターコンチネンタルラウンド」と、その上位チームでの決勝リーグ(7月)の2本立てで行われている。
予選リーグ 参加12カ国を4カ国ずつ3組に分けて4回総当りによるリーグ戦。各組第1位の3チーム+決勝リーグ開催国を含めた4カ国が決勝リーグ進出。
決勝リーグ 4カ国(但し決勝リーグホスト国が1位となった場合、その国が所属するグループの2位チームが繰り上げ出場)の1回総当り。
予選リーグ 参加12カ国を4カ国ずつ3組に分けて4回総当りによるリーグ戦。各組第1位の3チーム+決勝リーグ開催国を含めた4カ国が決勝リーグ進出。
決勝リーグ 4カ国(但し決勝リーグホスト国が1位となった場合、その国が所属するグループの2位チームが繰り上げ出場)の1回総当り。
2001年から2003年まではフジテレビが中継した。
2004年から2006年まではTBSが日本国内中継権を持ち、日本戦のホームを中継。
CSのスポーツ・アイ ESPN(現・J SPORTS)では日本戦全試合及び準決勝・決勝などを中継した。2007年より2009年(予定)までは再びフジテレビでの中継となる
2008年5月17日土曜日
VolleyBall世界選手権
VolleyBall世界選手権(バレーボールせかいせんしゅけん、FIVB Volleyball World Championship)は、国際バレーボール連盟が主催するバレーボールの世界大会である。
国際バレーボール連盟が初めて作ったバレーボールの世界大会であり最も伝統のある大会である。 通称「世界バレー」または「世バレ」。全てのスポーツにある「世界選手権大会」の一つ。
試合会場は屋外テニスコートを再利用したものであった。
参加国は全部で10カ国でヨーロッパに限定されていたため事実上の『ヨーロッパ選手権』であった。
日本が世界選手権に初参加したのは1960年であり、このときの結果は男子が8位、女子が2位であった。
1962年の女子大会では日本がソ連を破り優勝した。
ここからしばらくの間、日本とソビエトの2強時代が続いた。
日本は1962年から1974年までの4つの世界選手権のうち3回金メダルを獲得した。
1964年にバレーボールがオリンピックの正式種目になってからは4年に1度オリンピックの中間年に開催されるようになった。
世界一を決める唯一の大会ではなくなり、次期オリンピックへの重要な前哨戦という位置づけとなった。
1967年の女子大会は1月に日本で開催されたが、北朝鮮が正式国名が呼ばれず国旗掲揚、国歌演奏が行われなかったことを不服として参加を拒否し、これにソ連が同調し参加を取りやめたため、参加国はわずか日本、アメリカ、韓国、ペルーの4カ国しかなかった。
日本が優勝したものの史上もっとも盛り上がらない大会となり、世界選手権の伝統と権威が揺らぐものとなった。
1970年には、アフリカ大陸からも出場し、5大陸すべてから出場するという当初の目標を達成し本当の意味で『世界選手権』となった。
1998年には日本で男女の大会が開催された。
男女共同開催は1974年のメキシコ大会以来のことである。
女子大会が2大会連続で同一国で開催されるのは史上初である。
2005年12月には2010年の男子大会がイタリアで行われることが決定した。
2006バレーボール世界選手権の組み合わせ抽選会が2005年11月、東京都内で開かれ、開催国の日本は男女とも1次リーグA組にシードされた。
出場国の数は何度も変更が行われているが、現在世界選手権に出場できるのは全部で24カ国であり、オリンピック(12カ国)、ワールドカップ(12カ国)を規模で上回る。
開催国と前回大会優勝国が出場できるほか、各大陸における予選を勝ち抜いた上位チームが出場することができる。
出場できるチームの数の各大陸の内訳はFIVBランキングを元に決定される。
出場国の数は何度も変更が行われているが、現在世界選手権に出場できるのは全部で24カ国であり、オリンピック(12カ国)、ワールドカップ(12カ国)を規模で上回る。
開催国と前回大会優勝国が出場できるほか、各大陸における予選を勝ち抜いた上位チームが出場することができる。
出場できるチームの数の各大陸の内訳はFIVBランキングを元に決定される。
男女各24チームが1次リーグで4組に分かれ、各組4位までの16カ国が2組で構成される2次リーグに進む。
2次リーグ各組2位までの4ヶ国が準決勝に進むことができる(2006年大会)。
日本戦のみテクニカルタイムアウトが30秒長い(2006年大会)。
2008年5月14日水曜日
バレーボールワールドカップ
バレーボールワールドカップは、国際バレーボール連盟(FIVB)が主催するバレーボールの世界大会である。
正式名称は“FIVB World Cup”。
1965年に第1回大会が開催され、1977年以降は4年に1度日本で開催されている。
大会マスコットはバボちゃんで、大会ロゴマーク、放送権を独占するフジテレビにおけるVolleyBall放送のマスコットも兼ねている。
FIVBワールドカップは世界選手権、オリンピックに続く3つ目の世界大会として1965年に第1回男子大会がポーランドで開催された。
しかし、オリンピックや世界選手権より格が劣る大会とされて、注目度は今一つであった。
1973年に男子大会がチェコスロバキアで開催される予定であったが、諸事情により中止となった。1977年以降は日本で開催されるようになり、フジテレビ系列が独占中継している。
日本で初めて開催となった1977年大会では、「ワールドカップ77はフジテレビの独占放送です。」というフレーズとマスコットの「バボちゃん」(赤色)「ナナちゃん」(白色)を用いての宣伝がされた。
さらに日本は男子が準優勝、女子が優勝という好結果を残したため、「ワールドカップ」はバレーボールの大会というイメージが日本では定着した。
1991年の大会(男子は第7回・女子は第6回)からは五輪前年に開催されるようになった。
それと同時に、男女とも3位以上となった(メダルを獲得した)国に五輪への出場資格を与える大会となり、注目度はより高まった。
開催国が毎回日本であり、またフジテレビがテレビ放送に力を入れたことから、日本において馴染みが深い国際大会となっている。
長年「ワールドカップ」という略称が、日本ではサッカーのFIFAワールドカップのことではなくこの大会を指していたことからもこのことが伺える。
近年では、V6(1995年)・嵐(1999年)・NEWS(2003年)・Hey! Say! JUMP(2007年)と、ジャニーズ事務所が大会に合わせてデビューさせる新人ジャニタレグループが中継番組のテーマソングを歌うのが慣習になっている。
更に日本の芸能人・タレントが大会委員長の肩書で1995年大会は鹿賀丈史、1999年大会はタモリ、2003年大会は伊東美咲が出演していたが、2007年大会はメインキャスターの肩書で嵐の櫻井翔が出演し、日本代表応援団長は同応援団「はねるのトびら」出演者を代表して虻川美穂子(北陽)が担当する(Hey! Say! JUMPとの「ジャンプ=はねる」つながりで起用されたと思われる。
なお同大会の大会委員長はフジの豊田皓社長。
つまりフジとジャニーズに完全に握られた状態)。
バレーボール選手にとって神聖なものであるコートの上で歌を歌うなど、視聴率稼ぎに走り、試合を軽視した行為も非常に多い大会である。
ジャニーズ事務所とタイアップする以前は、女性歌手の曲が使われていた。(1985年=松田聖子、1989年=Wink、1991年=森高千里)
2007年大会(女子は第10回記念大会/男子は第11回大会)は代々木第一体育館がアスベスト除去工事中のため、メイン会場を東京体育館に変更して開催した。
出場枠
ワールドカップに出場できるのは全部で12カ国で、2007年大会は以下のように選出される。
開催国 - 1カ国(日本)
5大陸予選 - 各大陸の優勝国5カ国と準優勝の中でFIVB世界ランキング上位4カ国
北中米予選
南米予選
アフリカ予選
ヨーロッパ予選
アジア予選(日本以外の成績)
国際バレーボール連盟推薦チーム - 2カ国
試合形式
大会は12チームをシングル・ラウンド・ロビン方式による総当たり戦で決めて勝敗数で決定する。
若しも勝敗数が一緒の場合には総得点を総失点で割った得点率で決定する。
それも一緒の場合には得セット数を失セット数で割ったセット率で決定する。
それも一緒の場合は一発勝負のプレーオフを行う。
日本開催となってからは、フジテレビジョンがホスト局となり、会場地をエリアとするフジネットワーク系列局とともに中継・国際映像の制作を担当。
全世界に配信している。
地上波(以前は生中継だったが、最近は試合進行中であっても撮って出し録画中継の機会が多い)のほか、BSフジ(時差放送 日本戦のみ)、フジテレビ721・739(日本戦は時差放送。それ以外の試合は全試合生中継)でも放送されている。
なお、CSでの日本戦の試合の時差放送では中継番組のテーマソングを歌う場面はカットされている(放送開始時間からすぐ試合に入る)。
正式名称は“FIVB World Cup”。
1965年に第1回大会が開催され、1977年以降は4年に1度日本で開催されている。
大会マスコットはバボちゃんで、大会ロゴマーク、放送権を独占するフジテレビにおけるVolleyBall放送のマスコットも兼ねている。
FIVBワールドカップは世界選手権、オリンピックに続く3つ目の世界大会として1965年に第1回男子大会がポーランドで開催された。
しかし、オリンピックや世界選手権より格が劣る大会とされて、注目度は今一つであった。
1973年に男子大会がチェコスロバキアで開催される予定であったが、諸事情により中止となった。1977年以降は日本で開催されるようになり、フジテレビ系列が独占中継している。
日本で初めて開催となった1977年大会では、「ワールドカップ77はフジテレビの独占放送です。」というフレーズとマスコットの「バボちゃん」(赤色)「ナナちゃん」(白色)を用いての宣伝がされた。
さらに日本は男子が準優勝、女子が優勝という好結果を残したため、「ワールドカップ」はバレーボールの大会というイメージが日本では定着した。
1991年の大会(男子は第7回・女子は第6回)からは五輪前年に開催されるようになった。
それと同時に、男女とも3位以上となった(メダルを獲得した)国に五輪への出場資格を与える大会となり、注目度はより高まった。
開催国が毎回日本であり、またフジテレビがテレビ放送に力を入れたことから、日本において馴染みが深い国際大会となっている。
長年「ワールドカップ」という略称が、日本ではサッカーのFIFAワールドカップのことではなくこの大会を指していたことからもこのことが伺える。
近年では、V6(1995年)・嵐(1999年)・NEWS(2003年)・Hey! Say! JUMP(2007年)と、ジャニーズ事務所が大会に合わせてデビューさせる新人ジャニタレグループが中継番組のテーマソングを歌うのが慣習になっている。
更に日本の芸能人・タレントが大会委員長の肩書で1995年大会は鹿賀丈史、1999年大会はタモリ、2003年大会は伊東美咲が出演していたが、2007年大会はメインキャスターの肩書で嵐の櫻井翔が出演し、日本代表応援団長は同応援団「はねるのトびら」出演者を代表して虻川美穂子(北陽)が担当する(Hey! Say! JUMPとの「ジャンプ=はねる」つながりで起用されたと思われる。
なお同大会の大会委員長はフジの豊田皓社長。
つまりフジとジャニーズに完全に握られた状態)。
バレーボール選手にとって神聖なものであるコートの上で歌を歌うなど、視聴率稼ぎに走り、試合を軽視した行為も非常に多い大会である。
ジャニーズ事務所とタイアップする以前は、女性歌手の曲が使われていた。(1985年=松田聖子、1989年=Wink、1991年=森高千里)
2007年大会(女子は第10回記念大会/男子は第11回大会)は代々木第一体育館がアスベスト除去工事中のため、メイン会場を東京体育館に変更して開催した。
出場枠
ワールドカップに出場できるのは全部で12カ国で、2007年大会は以下のように選出される。
開催国 - 1カ国(日本)
5大陸予選 - 各大陸の優勝国5カ国と準優勝の中でFIVB世界ランキング上位4カ国
北中米予選
南米予選
アフリカ予選
ヨーロッパ予選
アジア予選(日本以外の成績)
国際バレーボール連盟推薦チーム - 2カ国
試合形式
大会は12チームをシングル・ラウンド・ロビン方式による総当たり戦で決めて勝敗数で決定する。
若しも勝敗数が一緒の場合には総得点を総失点で割った得点率で決定する。
それも一緒の場合には得セット数を失セット数で割ったセット率で決定する。
それも一緒の場合は一発勝負のプレーオフを行う。
日本開催となってからは、フジテレビジョンがホスト局となり、会場地をエリアとするフジネットワーク系列局とともに中継・国際映像の制作を担当。
全世界に配信している。
地上波(以前は生中継だったが、最近は試合進行中であっても撮って出し録画中継の機会が多い)のほか、BSフジ(時差放送 日本戦のみ)、フジテレビ721・739(日本戦は時差放送。それ以外の試合は全試合生中継)でも放送されている。
なお、CSでの日本戦の試合の時差放送では中継番組のテーマソングを歌う場面はカットされている(放送開始時間からすぐ試合に入る)。
2008年5月13日火曜日
バレーボール競技 (夏季オリンピック)
夏季オリンピック大会におけるバレーボール競技(―きょうぎ)は国際バレーボール連盟主催の3大公式戦の一つである。
1964年の東京オリンピックで正式種目となった。
1996年アトランタ五輪からビーチバレーも種目に加わった。
当時のオリンピック憲章の規定で開催国が新種目を2競技まで選ぶことができることになっており、日本のメダルの可能性が高い競技として柔道(男子のみ)とバレーボールが東京五輪の新種目に選ばれた。
女子VolleyBallはオリンピック競技に採用された最初の女子団体種目である。
日本は女子が1964年東京五輪、1976年モントリオール五輪、男子が1972年ミュンヘン五輪で金メダルを獲得した。
オリンピックでの日本の活躍から、バレーボールが日本のお家芸と呼ばれるようになった。
2004年アテネ五輪では、女子は中国がロシアを3-2で下し1984年ロサンゼルス五輪以来、20年ぶりに金メダルを獲得した。
2セットを先取されながら、その後の3セットを連取する劇的な勝利であった。
男子はブラジルがイタリアを3-1で下し1992年バルセロナ五輪以来、12年ぶりに金メダルを獲得した。オリンピックに出場できるのは全部で12カ国で、以下のように選出される(2004年現在)。
開催国 - 1カ国
ワールドカップ - 3カ国
5大陸予選
北中米予選 - 1カ国
南米予選 - 1カ国
アフリカ予選 - 1カ国
ヨーロッパ予選 - 1カ国
アジア予選 - 1カ国
世界最終予選 - 3カ国 かつては、オリンピックにおいては現在も使われている、ラウンドロビン方式による総当たり制で試合が行われていた。
しかしこれには最後の試合が終わる前に優勝国が決まってまう可能性があり、試合の興味が最後まで続かないという欠点があった。
そこで、1972年ミュンヘン五輪以降、1次ラウンドと決勝トーナメントに分ける試合形式が採用されている。
出場チームは1996年アトランタ五輪以降、男女各12チームである。
参加12チームが6チームずつA・B2組に分かれ、それぞれ1回戦総当りリーグを行う。
各組の上位4チームが準々決勝へ進出する。
1964年の東京オリンピックで正式種目となった。
1996年アトランタ五輪からビーチバレーも種目に加わった。
当時のオリンピック憲章の規定で開催国が新種目を2競技まで選ぶことができることになっており、日本のメダルの可能性が高い競技として柔道(男子のみ)とバレーボールが東京五輪の新種目に選ばれた。
女子VolleyBallはオリンピック競技に採用された最初の女子団体種目である。
日本は女子が1964年東京五輪、1976年モントリオール五輪、男子が1972年ミュンヘン五輪で金メダルを獲得した。
オリンピックでの日本の活躍から、バレーボールが日本のお家芸と呼ばれるようになった。
2004年アテネ五輪では、女子は中国がロシアを3-2で下し1984年ロサンゼルス五輪以来、20年ぶりに金メダルを獲得した。
2セットを先取されながら、その後の3セットを連取する劇的な勝利であった。
男子はブラジルがイタリアを3-1で下し1992年バルセロナ五輪以来、12年ぶりに金メダルを獲得した。オリンピックに出場できるのは全部で12カ国で、以下のように選出される(2004年現在)。
開催国 - 1カ国
ワールドカップ - 3カ国
5大陸予選
北中米予選 - 1カ国
南米予選 - 1カ国
アフリカ予選 - 1カ国
ヨーロッパ予選 - 1カ国
アジア予選 - 1カ国
世界最終予選 - 3カ国 かつては、オリンピックにおいては現在も使われている、ラウンドロビン方式による総当たり制で試合が行われていた。
しかしこれには最後の試合が終わる前に優勝国が決まってまう可能性があり、試合の興味が最後まで続かないという欠点があった。
そこで、1972年ミュンヘン五輪以降、1次ラウンドと決勝トーナメントに分ける試合形式が採用されている。
出場チームは1996年アトランタ五輪以降、男女各12チームである。
参加12チームが6チームずつA・B2組に分かれ、それぞれ1回戦総当りリーグを行う。
各組の上位4チームが準々決勝へ進出する。
2008年5月12日月曜日
松平康隆
松平康隆(まつだいら やすたか、1930年1月22日 - )は、東京都出身の元バレーボール全日本選手、元バレーボール全日本男子代表監督、日本バレーボール協会名誉会長。
アジアバレーボール連盟終身名誉会長。
都立城南高校、慶應義塾大学法学部卒。学位は法学士(慶應義塾大学)。
2004年、叙勲。
旭日中綬章受章。
旧加賀藩士で家老職をつとめ、幕末には数年間小松城代をつとめた松平大弐家の血を引く。
府立第二十二中学校(現・東京都立六本木高等学校)が都立城南高等学校に改称した時の城南一期生で、この時の同級生・親友が大平透。
1952年、日本鋼管に入社。1960年まで選手や監督兼選手として活躍。
1961年に6人制バレーを学ぶためにソ連に留学。
全日本男子のコーチを経て、1965年に全日本男子チームの監督に就任。
1968年のメキシコ五輪で銀メダル、1972年のミュンヘン五輪で金メダルへと導いた。
現在世界中で使われている速攻、移動、時間差などの攻撃システムの基礎を築き上げ、VolleyBallの普及発展にも貢献した。
監督退任後もしばらくは日本鋼管に籍を置いたまま協会の役職を兼務していた。
1998年日本人で初めてバレーボール殿堂入りを果たした。
その後、JOC副会長やIOC理事を務め、JOCでは会長候補でもあった。
監督退任後は南米に指導を行ったが皮肉にも体型や瞬発力に勝る南米が台頭してくると日本が国際大会での優勝から遠ざかった。
東京五輪では全日本のコーチとして出場し銅メダルを獲得した。
大会終了後選手村でパジャマ姿で顔を洗っていると、正装した大松博文と出会った。
「大松さん、いい格好しちゃってどこへ行くの」と聞いたら「祝賀会だ」と答えたので、女子チームの祝賀会だと思い「おめでとうございます」といって送り出した。
それから1時間ほどして日本バレーボール協会の当時の会長西川政一から電話があり「松平君、君ね、祝勝会をボイコットするなんて、ひがむのもいいかげんにしろ。祝勝会に男子バレーが来ないんで、みんなカンカンに怒ってるんだ」と怒られた。
その後事務方の手違いで本来協会主催の祝賀会に男子も呼ぶ予定であったが、男子には連絡が行っていなかったことが分かった。
松平はミュンヘン五輪の全日本男子チームに対して、逆立ちをして9メートル以上歩けるようにさせる練習をした。
松平は「逆立ちで9メートル以上歩けるようにならなければ、オリンピックに行かせない。」と言ったが、大古はなかなかできず、苦労した。
松平は男子バレーボールの人気獲得のために10-20代の女性をターゲットとした。
背が高くスタイルの良いバレー選手は女性の関心を集めるだろうと考え、少女雑誌を中心に男子バレーを紹介した。
やがて試合会場は女性達の声援で満たされるようになった。
松平はバレーのファンを増やすために、積極的にバレーの練習を一般公開した。
さらに話題づくりのために、選手に対して以下のようなユニークなキャッチフレーズをつけた。
中村祐造 - 「ガッツ祐造,チームを世界一に引っ張っていく機関車,率先垂範のキャプテン」
猫田勝敏 - 「世界一のセッター,日本オーケストラの指揮者」
森田淳悟 - 「フジヤマ・ブロック」
大古誠司 - 「世界一の大砲」
ミュンヘン五輪の全日本男子チームを盛り上げるために「アニメドキュメント ミュンヘンへの道」という男子バレー選手が登場するテレビ番組を企画し、監修を行った。
1966年、当時小学校5年生だった一人息子を不慮の事故で亡くした。
日本鋼管の市場調査課の係長で36歳の働き盛りだった松平は、それまで仕事とバレーボールを半々でやってきたが、ベッドに横たわる息子を見て「いま元気でもあしたはどうなっているか分からない。それなら自分の人生が満足だったと思えるものにしたい。」とバレーに賭ける決意をした。
五輪ではそのことについて一言も報道陣や選手に触れさせず、優勝後に選手から触れられると号泣した。
以前は殆どの試合中継で解説を務めていたが現在は日本テレビ系列で放送されるグラチャンバレー(五輪年の翌年秋)の日本戦のみに留まっている。
アジアバレーボール連盟終身名誉会長。
都立城南高校、慶應義塾大学法学部卒。学位は法学士(慶應義塾大学)。
2004年、叙勲。
旭日中綬章受章。
旧加賀藩士で家老職をつとめ、幕末には数年間小松城代をつとめた松平大弐家の血を引く。
府立第二十二中学校(現・東京都立六本木高等学校)が都立城南高等学校に改称した時の城南一期生で、この時の同級生・親友が大平透。
1952年、日本鋼管に入社。1960年まで選手や監督兼選手として活躍。
1961年に6人制バレーを学ぶためにソ連に留学。
全日本男子のコーチを経て、1965年に全日本男子チームの監督に就任。
1968年のメキシコ五輪で銀メダル、1972年のミュンヘン五輪で金メダルへと導いた。
現在世界中で使われている速攻、移動、時間差などの攻撃システムの基礎を築き上げ、VolleyBallの普及発展にも貢献した。
監督退任後もしばらくは日本鋼管に籍を置いたまま協会の役職を兼務していた。
1998年日本人で初めてバレーボール殿堂入りを果たした。
その後、JOC副会長やIOC理事を務め、JOCでは会長候補でもあった。
監督退任後は南米に指導を行ったが皮肉にも体型や瞬発力に勝る南米が台頭してくると日本が国際大会での優勝から遠ざかった。
東京五輪では全日本のコーチとして出場し銅メダルを獲得した。
大会終了後選手村でパジャマ姿で顔を洗っていると、正装した大松博文と出会った。
「大松さん、いい格好しちゃってどこへ行くの」と聞いたら「祝賀会だ」と答えたので、女子チームの祝賀会だと思い「おめでとうございます」といって送り出した。
それから1時間ほどして日本バレーボール協会の当時の会長西川政一から電話があり「松平君、君ね、祝勝会をボイコットするなんて、ひがむのもいいかげんにしろ。祝勝会に男子バレーが来ないんで、みんなカンカンに怒ってるんだ」と怒られた。
その後事務方の手違いで本来協会主催の祝賀会に男子も呼ぶ予定であったが、男子には連絡が行っていなかったことが分かった。
松平はミュンヘン五輪の全日本男子チームに対して、逆立ちをして9メートル以上歩けるようにさせる練習をした。
松平は「逆立ちで9メートル以上歩けるようにならなければ、オリンピックに行かせない。」と言ったが、大古はなかなかできず、苦労した。
松平は男子バレーボールの人気獲得のために10-20代の女性をターゲットとした。
背が高くスタイルの良いバレー選手は女性の関心を集めるだろうと考え、少女雑誌を中心に男子バレーを紹介した。
やがて試合会場は女性達の声援で満たされるようになった。
松平はバレーのファンを増やすために、積極的にバレーの練習を一般公開した。
さらに話題づくりのために、選手に対して以下のようなユニークなキャッチフレーズをつけた。
中村祐造 - 「ガッツ祐造,チームを世界一に引っ張っていく機関車,率先垂範のキャプテン」
猫田勝敏 - 「世界一のセッター,日本オーケストラの指揮者」
森田淳悟 - 「フジヤマ・ブロック」
大古誠司 - 「世界一の大砲」
ミュンヘン五輪の全日本男子チームを盛り上げるために「アニメドキュメント ミュンヘンへの道」という男子バレー選手が登場するテレビ番組を企画し、監修を行った。
1966年、当時小学校5年生だった一人息子を不慮の事故で亡くした。
日本鋼管の市場調査課の係長で36歳の働き盛りだった松平は、それまで仕事とバレーボールを半々でやってきたが、ベッドに横たわる息子を見て「いま元気でもあしたはどうなっているか分からない。それなら自分の人生が満足だったと思えるものにしたい。」とバレーに賭ける決意をした。
五輪ではそのことについて一言も報道陣や選手に触れさせず、優勝後に選手から触れられると号泣した。
以前は殆どの試合中継で解説を務めていたが現在は日本テレビ系列で放送されるグラチャンバレー(五輪年の翌年秋)の日本戦のみに留まっている。
2008年5月11日日曜日
中田久美
NHK学園高校卒業。
中学からバレーボールを始め、中学2年生の時山田重雄の英才教育バレーチーム『LAエンジェルス』に2期生として入団。
再起不能ともいわれた大ケガだったが、厳しいリハビリを乗り越え10ヶ月後には再び試合に復帰した。
1988年2月、再び右膝を手術した。
1988年2月、再び右膝を手術した。
しかし右膝は完治せず、試合の時は、痛み止めの薬を手放せなくなる。
1997年に日立を退社して以降、バレーボール教室など後進の指導や全国各地での講演、バレーボール解説者のほか、スポーツキャスター、タレントとして活動している。
最近では、日本オリンピアンズ協会のHP上で森田淳悟とのインタビューも実現している。
2005年から翌年まで、日本バレーボール協会強化委員を務めた。
名前の由来は、誕生日(9月3日生まれ)から。
練馬東中学校時代は、同期に生徒会副会長を務めていた尾崎豊がいた。
日本リーグ(現・プレミアリーグ)デビューは16歳3ヶ月で、2007年1月に15歳4ヶ月で岡山シーガルズのセッター堀口夏実が出場するまでは、最年少記録であった。
日本リーグ、プレミアリーグ(Vリーグ)時代を通じて女子最多4度の最高殊勲選手賞受賞者である。2004年、フジテレビ「すぽると!」生放送において、アテネオリンピック出場権を獲得した全日本代表メンバーが出演した際、選手達の行きすぎた浮かれ具合とはしゃぎ振りに、中田は業を煮やしていた。
2005年から翌年まで、日本バレーボール協会強化委員を務めた。
名前の由来は、誕生日(9月3日生まれ)から。
練馬東中学校時代は、同期に生徒会副会長を務めていた尾崎豊がいた。
日本リーグ(現・プレミアリーグ)デビューは16歳3ヶ月で、2007年1月に15歳4ヶ月で岡山シーガルズのセッター堀口夏実が出場するまでは、最年少記録であった。
日本リーグ、プレミアリーグ(Vリーグ)時代を通じて女子最多4度の最高殊勲選手賞受賞者である。2004年、フジテレビ「すぽると!」生放送において、アテネオリンピック出場権を獲得した全日本代表メンバーが出演した際、選手達の行きすぎた浮かれ具合とはしゃぎ振りに、中田は業を煮やしていた。
その後、画面が試合映像に切り替わった途端、中田は「てめーら、コノヤロー!」と一喝し、選手達の気を引き締めると同時に、スタジオ全体を静まり返らせた。
しかしこの時、マイクがオフになっておらず、その怒鳴り声が全国に流れてしまった(当時スタジオには全日本女子監督柳本晶一の他、フジテレビ幹部もいた)。
容赦ない怒声が放送された事で、中田本人は発言後に今後フジテレビへの出入り禁止を覚悟したほどであったが、翌日日本バレーボール協会から「色々とご指導ありがとうございました。」と感謝の言葉が返ってきたという。
所属チーム履歴
練馬東中→日立(1981-1992年、1995-1996年)
全日本代表 - 1980-1986年、1988-1989年、1991-1992年
全日本代表としての主な国際大会出場歴
オリンピック - 1984年、1988年、1992年
世界選手権 - 1982年、1986年
ワールドカップ - 1985年、1989年、1991年
受賞歴
1981年 - 第15回日本リーグ 新人賞
1982年 - 第16回日本リーグ ベスト6
1983年 - 第17回日本リーグ ベスト6
1984年 - 第18回日本リーグ 最高殊勲選手賞、ベスト6
1985年 - 第19回日本リーグ 最高殊勲選手賞、ベスト6
1989年 - ワールドカップ ベストセッター賞
1990年 - 第24回日本リーグ 最高殊勲選手賞、ベスト6
1991年 - 第25回日本リーグ 最高殊勲選手賞、ベスト6
2007年 - 2006-07プレミアリーグ Vリーグ栄誉賞
所属チーム履歴
練馬東中→日立(1981-1992年、1995-1996年)
全日本代表 - 1980-1986年、1988-1989年、1991-1992年
全日本代表としての主な国際大会出場歴
オリンピック - 1984年、1988年、1992年
世界選手権 - 1982年、1986年
ワールドカップ - 1985年、1989年、1991年
受賞歴
1981年 - 第15回日本リーグ 新人賞
1982年 - 第16回日本リーグ ベスト6
1983年 - 第17回日本リーグ ベスト6
1984年 - 第18回日本リーグ 最高殊勲選手賞、ベスト6
1985年 - 第19回日本リーグ 最高殊勲選手賞、ベスト6
1989年 - ワールドカップ ベストセッター賞
1990年 - 第24回日本リーグ 最高殊勲選手賞、ベスト6
1991年 - 第25回日本リーグ 最高殊勲選手賞、ベスト6
2007年 - 2006-07プレミアリーグ Vリーグ栄誉賞
著書には下記のものがある。
夢を信じて(中田久美著、日本文化出版、1993年3月、ISBN 9784931033931)
バレーボール〈上巻〉基礎編(中田久美、てしろぎたかし、松下佳正共著、集英社、1995年1月、ISBN 9784082880330)
バレーボール(中田久美、てしろぎたかし共著、集英社、1995年2月、ISBN 9784082880347)
N.93―中田久美写真集 (森川昇撮影、新潮社、1998年10月、ISBN 9784104261017)
天才セッター中田久美の頭脳(タクティクス)(二宮清純著、新潮社、2003年3月、ISBN 9784104590018)
夢を信じて(中田久美著、日本文化出版、1993年3月、ISBN 9784931033931)
バレーボール〈上巻〉基礎編(中田久美、てしろぎたかし、松下佳正共著、集英社、1995年1月、ISBN 9784082880330)
バレーボール(中田久美、てしろぎたかし共著、集英社、1995年2月、ISBN 9784082880347)
N.93―中田久美写真集 (森川昇撮影、新潮社、1998年10月、ISBN 9784104261017)
天才セッター中田久美の頭脳(タクティクス)(二宮清純著、新潮社、2003年3月、ISBN 9784104590018)
2008年5月10日土曜日
猫田勝敏
猫田 勝敏(ねこだ かつとし、1944年2月1日 - 1983年9月4日)は、広島県広島市安佐南区安古市町(当時は安佐郡安古市町)出身の元日本男子バレーボール選手、 バレーボール全日本選手。
東京オリンピックから4大会連続でオリンピック出場を果たしメダルを金・銀・銅の3個を獲得、世界一のセッターと称された。
小学校時にVolleyBallを始める。
中学校時代では9人制でセンターを務めていた。
崇徳高校に進み、当時の監督の稲葉正文(故人)にセッターとしての素質を見出され、全国大会で優勝を果たす。
高校卒業後に地元、日本専売公社広島地方局(現日本たばこ産業株式会社広島支店)に入社、専売広島(現JTサンダーズ)に入部した。
直後に当時の全日本監督松平康隆の目にとまり、1964年、20歳で東京オリンピックに出場し銅メダルを獲得する。
これ以降、猫田は全日本男子の正セッターとして不動の地位を築いていく。
1968年、再び松平康隆監督の下でメキシコオリンピックで銀メダルを獲得し、翌1969年のワールドカップでベストセッター賞を受賞した。
1971年には試合中に全治2ヶ月の骨折をし、オリンピック出場が危ぶまれていたが、約8ヶ月のリハビリ生活の末、オリンピック2ヶ月前に試合に復帰する。
そして1972年のミュンヘンオリンピックで念願の金メダルを獲得、日本バレーを世界の頂点に導いた。1976年のモントリオールオリンピックにも出場し4位入賞を果たした。
奇策・天井サーブを編み出したことでも知られる。
1980年のモスクワオリンピック最終予選を最後に現役を引退、その年の日本リーグから監督として采配をふるっていたが、胃がんにかかり、1983年9月4日に胃の悪性腫瘍のために死去した。
給料の大半を外国のバレー専門書購入に費やし、練習、合宿、遠征、試合の連続で家族を顧みることも出来ず、幻覚症状の出た死の直前の病床でも、ブロックサインを出し続けたといわれる。
まさにバレーだけに一生を費やした人生だった。享年39。
猫田記念体育館
猫田の偉業を記念して、1989年に猫田記念体育館が広島市に完成した。
館内には、猫田の活躍を紹介するギャラリーがある。
球歴:広島市立古市小学校→広島市立安佐中学校→崇徳高等学校→専売広島(現JTサンダーズ)
全日本代表としての主な国際大会出場歴
オリンピック
1964年(東京)、1968年(メキシコ)、1972年(ミュンヘン)、1976年(モントリオール)
世界選手権
1966年(チェコスロバキア)、1970年(ブルガリア)、1974年(メキシコ)、1978年(イタリア)
ワールドカップ
1965年(ポーランド)、1969年(東ドイツ)、1977年(日本)
著書には下記のものがある。
直伝・猫田勝敏の名人芸トス /自著
猫田は生きている /小泉志津男著(笠倉出版社)
父さん、お帰りなさい-私の猫田勝敏- /猫田禮子著(日本文化出版)
東京オリンピックから4大会連続でオリンピック出場を果たしメダルを金・銀・銅の3個を獲得、世界一のセッターと称された。
小学校時にVolleyBallを始める。
中学校時代では9人制でセンターを務めていた。
崇徳高校に進み、当時の監督の稲葉正文(故人)にセッターとしての素質を見出され、全国大会で優勝を果たす。
高校卒業後に地元、日本専売公社広島地方局(現日本たばこ産業株式会社広島支店)に入社、専売広島(現JTサンダーズ)に入部した。
直後に当時の全日本監督松平康隆の目にとまり、1964年、20歳で東京オリンピックに出場し銅メダルを獲得する。
これ以降、猫田は全日本男子の正セッターとして不動の地位を築いていく。
1968年、再び松平康隆監督の下でメキシコオリンピックで銀メダルを獲得し、翌1969年のワールドカップでベストセッター賞を受賞した。
1971年には試合中に全治2ヶ月の骨折をし、オリンピック出場が危ぶまれていたが、約8ヶ月のリハビリ生活の末、オリンピック2ヶ月前に試合に復帰する。
そして1972年のミュンヘンオリンピックで念願の金メダルを獲得、日本バレーを世界の頂点に導いた。1976年のモントリオールオリンピックにも出場し4位入賞を果たした。
奇策・天井サーブを編み出したことでも知られる。
1980年のモスクワオリンピック最終予選を最後に現役を引退、その年の日本リーグから監督として采配をふるっていたが、胃がんにかかり、1983年9月4日に胃の悪性腫瘍のために死去した。
給料の大半を外国のバレー専門書購入に費やし、練習、合宿、遠征、試合の連続で家族を顧みることも出来ず、幻覚症状の出た死の直前の病床でも、ブロックサインを出し続けたといわれる。
まさにバレーだけに一生を費やした人生だった。享年39。
猫田記念体育館
猫田の偉業を記念して、1989年に猫田記念体育館が広島市に完成した。
館内には、猫田の活躍を紹介するギャラリーがある。
球歴:広島市立古市小学校→広島市立安佐中学校→崇徳高等学校→専売広島(現JTサンダーズ)
全日本代表としての主な国際大会出場歴
オリンピック
1964年(東京)、1968年(メキシコ)、1972年(ミュンヘン)、1976年(モントリオール)
世界選手権
1966年(チェコスロバキア)、1970年(ブルガリア)、1974年(メキシコ)、1978年(イタリア)
ワールドカップ
1965年(ポーランド)、1969年(東ドイツ)、1977年(日本)
著書には下記のものがある。
直伝・猫田勝敏の名人芸トス /自著
猫田は生きている /小泉志津男著(笠倉出版社)
父さん、お帰りなさい-私の猫田勝敏- /猫田禮子著(日本文化出版)
2008年5月8日木曜日
審判
プレミアリーグを始め、本会の主催大会、国体、その他の公式試合で判定を行うことのできる審判員は(財)日本バレーボール協会(JVA)の公認資格を所持しています。
JVAが公認する資格の種類は、名誉審判員、A級審判員(任期:4年)、A級候補審判員(任期:2年)、B級審判員(任期:4年)、C級審判員(任期:4年)、レフェリーインストラクター(任期:70歳まで)の6種類です。
レフェリーインストラクターは本会が主催する審判講習会、研修会の講師となります。
その他に国際VolleyBall連盟が公認する国際審判員資格があります。
名誉審判員
資格
日本協会の審判活動に顕著な功績があり、後進の指導・助言を行える者
認定方法
(1) 公認審判員として15年以上の活動実績があり、顕著な功績があった者
(2) A級審判員としての活動が顕著なもので55歳に達した者
(3) 技術統計判定指導員又は技術統計上級判定員としての活動が顕著なもので60歳に達した者
任期及び資格の更新
終身
A級審判員
資格
20歳以上の者で、競技規則に精通し、日本協会が主催する各種大会の決勝審判をすることができる優秀な技量を持ったもの
認定方法
日本協会が主催するA級審判員資格取得審査講習会(A級審査会)において極めて優秀な成績を修めた者及びA級候補審判員の中から活動実績が顕著な者を、審判規則委員会が審査のうえ日本協会に推薦し理事会の承認を得て認定する。
任期及び資格の更新
4年 55歳まで審判規則委員会が4年ごとに活動実績を審査の上、日本協会が理事会の承認を得て資格を更新する。
A級候補審判員
資格
20歳以上の者で、A級審判員に準ずる技量を持ったもの
認定方法
A級審判員資格取得審査講習会(A級審査会)において優秀な成績を修めた者を、審判規則委員会が審査のうえ日本協会に推薦し理事会の承認を得て認定する。
任期及び資格の更新
2年 55歳まで審判規則委員会が活動実績を審査の上、日本協会が理事会の承認を得て、A級審判員への昇任又はA級候補審判員の資格を更新する。
B級審判員
資格
18歳以上の者で、競技規則に精通し、日本協会が主催する6人制、9人制、ビーチいずれかの各種競技会の審判をすることができる技量を持ったもの
認定方法
都道府県協会等が主催する審判員資格取得講習会において優秀な成績を修めた者を、都道府県協会等の推薦に基づき日本協会が認定する。
任期及び資格の更新
4年都道府県協会等が4年ごとに活動実績を審査の上日本協会に推薦し、日本協会が資格を更新する。
C級審判員
資格
競技規則に精通し、日本協会が主催する6人制、9人制、ビーチいずれかの各種競技会予選の審判をすることができる技量を持った者
認定方法
都道府県協会等が主催する審判員資格取得講習会において優秀な成績を修めた者を、都道府県協会等の推薦に基づき日本協会が認定する。
任期及び資格の更新
4年都道府県協会等が4年ごとに活動実績を審査の上日本協会に推薦し、日本協会が資格を更新する。
レフェリーインストラクター
資格
A級審判員及び国際連盟公認審判員(以下「国際審判員」という。)の退任者で、審判員の養成及び審判技術の向上を図るために日本協会が主催する審判講習会、審判研修会の講師を務めることができる技量を持った者
認定方法
日本協会が主催するレフェリーインストラクター認定講習会において適格と認められた者を、審判規則委員会が審査のうえ日本協会に推薦し理事会の承認を得て認定する。
任期及び資格の更新
年齢が満70歳となった年度の最終日まで
などがある。
JVAが公認する資格の種類は、名誉審判員、A級審判員(任期:4年)、A級候補審判員(任期:2年)、B級審判員(任期:4年)、C級審判員(任期:4年)、レフェリーインストラクター(任期:70歳まで)の6種類です。
レフェリーインストラクターは本会が主催する審判講習会、研修会の講師となります。
その他に国際VolleyBall連盟が公認する国際審判員資格があります。
名誉審判員
資格
日本協会の審判活動に顕著な功績があり、後進の指導・助言を行える者
認定方法
(1) 公認審判員として15年以上の活動実績があり、顕著な功績があった者
(2) A級審判員としての活動が顕著なもので55歳に達した者
(3) 技術統計判定指導員又は技術統計上級判定員としての活動が顕著なもので60歳に達した者
任期及び資格の更新
終身
A級審判員
資格
20歳以上の者で、競技規則に精通し、日本協会が主催する各種大会の決勝審判をすることができる優秀な技量を持ったもの
認定方法
日本協会が主催するA級審判員資格取得審査講習会(A級審査会)において極めて優秀な成績を修めた者及びA級候補審判員の中から活動実績が顕著な者を、審判規則委員会が審査のうえ日本協会に推薦し理事会の承認を得て認定する。
任期及び資格の更新
4年 55歳まで審判規則委員会が4年ごとに活動実績を審査の上、日本協会が理事会の承認を得て資格を更新する。
A級候補審判員
資格
20歳以上の者で、A級審判員に準ずる技量を持ったもの
認定方法
A級審判員資格取得審査講習会(A級審査会)において優秀な成績を修めた者を、審判規則委員会が審査のうえ日本協会に推薦し理事会の承認を得て認定する。
任期及び資格の更新
2年 55歳まで審判規則委員会が活動実績を審査の上、日本協会が理事会の承認を得て、A級審判員への昇任又はA級候補審判員の資格を更新する。
B級審判員
資格
18歳以上の者で、競技規則に精通し、日本協会が主催する6人制、9人制、ビーチいずれかの各種競技会の審判をすることができる技量を持ったもの
認定方法
都道府県協会等が主催する審判員資格取得講習会において優秀な成績を修めた者を、都道府県協会等の推薦に基づき日本協会が認定する。
任期及び資格の更新
4年都道府県協会等が4年ごとに活動実績を審査の上日本協会に推薦し、日本協会が資格を更新する。
C級審判員
資格
競技規則に精通し、日本協会が主催する6人制、9人制、ビーチいずれかの各種競技会予選の審判をすることができる技量を持った者
認定方法
都道府県協会等が主催する審判員資格取得講習会において優秀な成績を修めた者を、都道府県協会等の推薦に基づき日本協会が認定する。
任期及び資格の更新
4年都道府県協会等が4年ごとに活動実績を審査の上日本協会に推薦し、日本協会が資格を更新する。
レフェリーインストラクター
資格
A級審判員及び国際連盟公認審判員(以下「国際審判員」という。)の退任者で、審判員の養成及び審判技術の向上を図るために日本協会が主催する審判講習会、審判研修会の講師を務めることができる技量を持った者
認定方法
日本協会が主催するレフェリーインストラクター認定講習会において適格と認められた者を、審判規則委員会が審査のうえ日本協会に推薦し理事会の承認を得て認定する。
任期及び資格の更新
年齢が満70歳となった年度の最終日まで
などがある。
2008年5月7日水曜日
ルールと用語
□主な反則行為
アウトオブポジション(ポジショナル・フォールト)
ポジションまたはローテーションの反則(ローテーションの順に従ってサービスが行われない)
オーバータイムス(フォア・ヒット)
チームがボールを返球する前に4回触れた場合
ホールディング(キャッチ・ボール)
競技者がボールをヒットせず、ボールをつかんだり投げたりした場合
ドリブル(ダブル・コンタクト)
一人の競技者がボールを連続して触れた場合
アウトオブバウンズ
ボールがアンテナ(コートの左右を示すためネットに取り付ける棒)に触れた場合や、アンテナの外側を通過してボールを返した場合
タッチネット
競技者がボールに触れるための動作中、ネットやアンテナに触れた場合
ペネトレーションフォールト
オーバーネットやパッシングザセンターラインなど相手エリアに侵入した場合。
□ルール
競技場の広さ
18×9メートル
ネットの高さ
一般男子2m43cm、一般女子2m24cm
ボール
色(均一で明るい色か、複数色の組み合わせであること)、円周(65~67cm)、重量(260~280)、内気圧(0.30~0.325kg/cm2、4.26~4.61psi、294.3~318.82hPa)
□用語
オポジット
ポジションとしてはセッターの対角に位置し、役割としてはバックアタックを含むチームの中心的アタッカーを指す。スーパーエースともいう。
ウィングスパイカー
レフトやライトなどアウトサイドから攻撃するアタッカーを指す。
ミドルブロッカー
センターから攻撃するアタッカーを指す。
テクニカル・タイム・アウト
リードしているチームの得点が8点・16点になった時に、自動的に取られるタイムアウト。このタイムアウトの間に選手にデータに基づく分析結果が伝えられる等、バレーボールがよりテクニカルな部分で発展することを期待して作られた。テクニカル・タイム・アウトはFIVBの公式世界大会で採用される。
レセプション
サーブレシーブのこと。
ワンレッグ(ブロード攻撃)
スパイクの助走からジャンプに入る際、通常は両足で踏み切るが、この攻撃は片足で踏み切ることからこう呼ばれるようになった。基本的なプレーは、ネット とほぼ平行に走り込みながら片足で踏み切り、ブロードしながらスパイクを打つ。助走のスピードを保ったままジャンプし、その勢いで身体が横に流れながらスパイクを打つため、相手ブロッカーがアタッカーの動きについていけないことが多い。「流れ攻撃」とも呼ばれている。
トスフェイント
サーブレシーブ等から返ってきたボールを、セッターがトスすると見せかけて、相手コートの空いたスペースにボールを落とすフェイントプレー。
ツーアタック
サーブレシーブ等から返ってきたボールを、アタッカーやセッターがそのままスパイクする攻撃。左効きセッターがトスすると見せかけて、左手でスパイクするパターンが多い。
リードブロック
ブロッカーが相手セッターの上げたトスの方向、種類(攻撃の種類)を見抜いてから、その方向(攻撃)に移動(対応)しジャンプするブロッキングシステム。相手アタッカーの動きに応じてジャンプするブロックに比べ、ほんのわずかなタイミングの遅れはあるが、ノーブロックや一枚ブロックになる確率が少なく、ワンタッチを取って、味方の攻撃に持ち込める確率が高くなる利点がある。身長の高い選手でなければ、このブロックは難しい。
コミットブロック
バスケットのマンツーマンディフェンスのように、トスの上がる方向、種類を見抜く前に、ブロッカーが攻撃に入ってくる相手アタッカーの動きに合わせて移動(対応)しジャンプするブロッキングシステム。セット終盤等では、主力アッタッカーにトスが集中する場面が多くなり、そうした際に的を絞ったブロックを仕掛けるのに適している。鮮やかなシャットアウトを取れる反面、攻撃に対する読みがはずれると、ノーブロックや一枚ブロックになる危険性がある。
かぶる(スパイク時の表現)
スパイクの際、トスされたボールのヒッティングポイントは身体の前になるが、助走で入り込みすぎるとボールより身体が前に出てしまい、スパイクをヒットする瞬間、身体がそり返ったような状態になってしまうこと。その結果、スパイクしたボールに体重が乗らないため、威力が半減してしまう。
平行トスとオープントス
平行トスは、セッターが速く低いトスをコートの両サイドに送り、サイド・バンド(アンテナ)いっぱいからスパイクを打たせるためのものである。速いトスを両サイドに送ることで、ブロッカー(特にセンター)の移動を遅らせ、アタッカーに一枚または一枚半の状態で打たせるねらいがある。そのためには、少なくともネット上2メートル以上にならない高さのトスが要求される。これに対してオープントスは、アタッカーに十分な助走、ジャンプをとらせてベストの状態でスパイクを打たせるためのものである。ブロックが揃うのも覚悟の上であるだけに、アタッカーの最も打ち易いトスを上げる必要がある。
リベロ
レシーブ専門のポジションで、チームの他の競技者と対照的な色のユニフォームを着用する。リベロはバックプレーヤーとしてのみ試合参加することが許され、バックの位置にいるどの競技者とでも交代することができる。
アウトオブポジション(ポジショナル・フォールト)
ポジションまたはローテーションの反則(ローテーションの順に従ってサービスが行われない)
オーバータイムス(フォア・ヒット)
チームがボールを返球する前に4回触れた場合
ホールディング(キャッチ・ボール)
競技者がボールをヒットせず、ボールをつかんだり投げたりした場合
ドリブル(ダブル・コンタクト)
一人の競技者がボールを連続して触れた場合
アウトオブバウンズ
ボールがアンテナ(コートの左右を示すためネットに取り付ける棒)に触れた場合や、アンテナの外側を通過してボールを返した場合
タッチネット
競技者がボールに触れるための動作中、ネットやアンテナに触れた場合
ペネトレーションフォールト
オーバーネットやパッシングザセンターラインなど相手エリアに侵入した場合。
□ルール
競技場の広さ
18×9メートル
ネットの高さ
一般男子2m43cm、一般女子2m24cm
ボール
色(均一で明るい色か、複数色の組み合わせであること)、円周(65~67cm)、重量(260~280)、内気圧(0.30~0.325kg/cm2、4.26~4.61psi、294.3~318.82hPa)
□用語
オポジット
ポジションとしてはセッターの対角に位置し、役割としてはバックアタックを含むチームの中心的アタッカーを指す。スーパーエースともいう。
ウィングスパイカー
レフトやライトなどアウトサイドから攻撃するアタッカーを指す。
ミドルブロッカー
センターから攻撃するアタッカーを指す。
テクニカル・タイム・アウト
リードしているチームの得点が8点・16点になった時に、自動的に取られるタイムアウト。このタイムアウトの間に選手にデータに基づく分析結果が伝えられる等、バレーボールがよりテクニカルな部分で発展することを期待して作られた。テクニカル・タイム・アウトはFIVBの公式世界大会で採用される。
レセプション
サーブレシーブのこと。
ワンレッグ(ブロード攻撃)
スパイクの助走からジャンプに入る際、通常は両足で踏み切るが、この攻撃は片足で踏み切ることからこう呼ばれるようになった。基本的なプレーは、ネット とほぼ平行に走り込みながら片足で踏み切り、ブロードしながらスパイクを打つ。助走のスピードを保ったままジャンプし、その勢いで身体が横に流れながらスパイクを打つため、相手ブロッカーがアタッカーの動きについていけないことが多い。「流れ攻撃」とも呼ばれている。
トスフェイント
サーブレシーブ等から返ってきたボールを、セッターがトスすると見せかけて、相手コートの空いたスペースにボールを落とすフェイントプレー。
ツーアタック
サーブレシーブ等から返ってきたボールを、アタッカーやセッターがそのままスパイクする攻撃。左効きセッターがトスすると見せかけて、左手でスパイクするパターンが多い。
リードブロック
ブロッカーが相手セッターの上げたトスの方向、種類(攻撃の種類)を見抜いてから、その方向(攻撃)に移動(対応)しジャンプするブロッキングシステム。相手アタッカーの動きに応じてジャンプするブロックに比べ、ほんのわずかなタイミングの遅れはあるが、ノーブロックや一枚ブロックになる確率が少なく、ワンタッチを取って、味方の攻撃に持ち込める確率が高くなる利点がある。身長の高い選手でなければ、このブロックは難しい。
コミットブロック
バスケットのマンツーマンディフェンスのように、トスの上がる方向、種類を見抜く前に、ブロッカーが攻撃に入ってくる相手アタッカーの動きに合わせて移動(対応)しジャンプするブロッキングシステム。セット終盤等では、主力アッタッカーにトスが集中する場面が多くなり、そうした際に的を絞ったブロックを仕掛けるのに適している。鮮やかなシャットアウトを取れる反面、攻撃に対する読みがはずれると、ノーブロックや一枚ブロックになる危険性がある。
かぶる(スパイク時の表現)
スパイクの際、トスされたボールのヒッティングポイントは身体の前になるが、助走で入り込みすぎるとボールより身体が前に出てしまい、スパイクをヒットする瞬間、身体がそり返ったような状態になってしまうこと。その結果、スパイクしたボールに体重が乗らないため、威力が半減してしまう。
平行トスとオープントス
平行トスは、セッターが速く低いトスをコートの両サイドに送り、サイド・バンド(アンテナ)いっぱいからスパイクを打たせるためのものである。速いトスを両サイドに送ることで、ブロッカー(特にセンター)の移動を遅らせ、アタッカーに一枚または一枚半の状態で打たせるねらいがある。そのためには、少なくともネット上2メートル以上にならない高さのトスが要求される。これに対してオープントスは、アタッカーに十分な助走、ジャンプをとらせてベストの状態でスパイクを打たせるためのものである。ブロックが揃うのも覚悟の上であるだけに、アタッカーの最も打ち易いトスを上げる必要がある。
リベロ
レシーブ専門のポジションで、チームの他の競技者と対照的な色のユニフォームを着用する。リベロはバックプレーヤーとしてのみ試合参加することが許され、バックの位置にいるどの競技者とでも交代することができる。
2008年5月5日月曜日
黒鷲旗 準決勝
5日の今日 第57回黒鷲旗の準決勝が行われた。
決勝トーナメントにはVリーグのチームが出揃った
前回優勝のNECが、昨日サントリーに快勝した。先のV・プレミアリーグでは、サントリーに4戦全敗。
この日は、リベロ古賀らの安定したレシーブから高橋の多彩なトス回しが光り、前田、三上らの強打に、大角らの速攻を効果的に織り交ぜ、主力を欠くサントリーを圧倒した。
リーグは2年連続7位で下部リーグとの入れ替え戦に回り苦しんだ。
「入れ替え戦を勝ち抜いて、少し精神的に強くなってきたと思う。今日のような勢いを大事にしたい」と話した陽監督
その言葉どおり 今日の準決勝 堺ブレイザーズとの試合でも 1・2セットともジュースにもつれ込んだがストレートで下している。
パナソニック vs 東レの準決勝は プレミアリーグ同様 パナソニックに軍配があがった。
明日の決勝戦は パナソニック vs NEC
NECの頑張り次第では 面白い試合になりそうである
決勝トーナメントにはVリーグのチームが出揃った
前回優勝のNECが、昨日サントリーに快勝した。先のV・プレミアリーグでは、サントリーに4戦全敗。
この日は、リベロ古賀らの安定したレシーブから高橋の多彩なトス回しが光り、前田、三上らの強打に、大角らの速攻を効果的に織り交ぜ、主力を欠くサントリーを圧倒した。
リーグは2年連続7位で下部リーグとの入れ替え戦に回り苦しんだ。
「入れ替え戦を勝ち抜いて、少し精神的に強くなってきたと思う。今日のような勢いを大事にしたい」と話した陽監督
その言葉どおり 今日の準決勝 堺ブレイザーズとの試合でも 1・2セットともジュースにもつれ込んだがストレートで下している。
パナソニック vs 東レの準決勝は プレミアリーグ同様 パナソニックに軍配があがった。
明日の決勝戦は パナソニック vs NEC
NECの頑張り次第では 面白い試合になりそうである
2008年5月2日金曜日
ケガの予防
足関節部の靱帯損傷、いわゆる捻挫はバレーボールで最も多い急性(突発的)障害です。
スパイクやブロックの時、味方や時には相手の足の上に乗って足首を内返し(内反)してしまい、外くるぶしの靱帯が伸ばされてしまうのです。
捻挫は軽症(Ⅰ度)、中症(Ⅱ度)、重症(Ⅲ度)の3段階に分かれます。
重症のⅢ度損傷は捻挫の中でも特に足関節靱帯損傷と言います。
足首を捻挫すると主にくるぶし周辺が内出血のために腫れてしまいます。
そしてジャンプした時に痛みやぐらつき感を生じます。
捻挫を起こしてしまったら「RICE療法」という治療をして下さい。
「R:Rest(局所の安静)」、「I:Icing(熱を取り、痛みを軽減)」、「C:Compression(包帯等で圧迫、出血を抑える)」、「E:Elevation(患部を高くして出血を抑える)」という意味です。
捻挫の予防には足首の柔軟性が大切です。
やはりストレッチや筋力トレーニングは必要不可欠です。
また練習でも試合でも常に足首専用装具を付けておけば、突発的な内反や外反から足首をガードできます。
スポーツの世界で行われるアスレティックテーピングの目的はおもにスポーツ外傷の予防および再発予防です。
内反ねんざのときなどは足首を内側にひねる動きに抵抗するようにテープを貼るころによって痛めた靱帯に過度の力がかからないようにするのです。
アンカー、スターアップ、ラージヒルロックテーピングに使われるテープにはいくつか種類があります。
最もよく用いられるのは「コットンテープ」で、関節を固定するためテープですから伸縮性はありません。38mm幅が一般的で、手指には19mm、25mmといった細めのものを使います。
この他、「伸縮性テープ」「アンダーラップ」「紙ばんそうこう」「モールスキン」などがあります。
テープの外し方は、練習や試合が終わったらテープは速やかに取り外しましょう。
ハサミやカッターでテープに切り込みを入れて外します。
アンダーラップをしてあれば、より簡単に外れます。
くれぐれも皮膚を傷めないように注意して下さい。
次のようなケースではテーピングをせず適切な処置をする必要があります。
骨折・脱臼などの重度の急性障害、腫脹(腫れ)がある、テープにかぶれる、怪我の原因がわからす回復が遅れる、医師の許可がおりない、などです。
スポーツにおける水分補給やアイシングは大変重要な要素です。
特に暑い季節は炎天下よりも無風でエアコンのない体育館のほうがかえって熱がこもりやすく熱中病の危険性をはらんでいます。
そこで必要なのがこまめな水分補給です。
汗をかいて失われた電解質や塩分の補充目的のためスポーツドリンクを水でややうすめて飲みやすくして、夏場の練習なら20分おき位に200cc~300ccはとりましょう。
アイシングには2種類あります。
ひとつは体のケアのために行うもの。
特に必要な部位はバレーボールで痛めやすいところ、肩、ひざの前面、足首、ひじ、手首、ゆびなどです。
運動後のコンディショニングとしてのアイシングは、運動で生じた筋活動の炎症を冷やすことによって抑え、筋疲労を最小限に食い止めるという目的で行われます。
練習後必ずほてった体の部位を10~20分はアイシングして翌日に腫れや体の痛みを残さないようにします。
練習前にやるのも有効です。
ウォームアップ前にアイシングするのは、冷やすことによって疲労やケガなどによる筋肉の張りや痛みをなくして練習をスタートするためです。
冷却することによって感覚を鈍くし、麻酔をかけたのと同じように痛みを感じにくい状態にして、徐々に動かしやすい状態にもっていくのです。
2つめは突発的なケガの処置です。
凍傷に気をつけつつ、局所の腫れや熱を吸収し痛みが治まるまで冷やし続けます。
ポンプを使った循環器冷却装置が売られておりこれを使えば凍傷の心配なく長時間冷やせます。
アイシングをすると、体のその部位には凍りを当てた箇所の温度が下がる、細胞の新陳代謝が低下する、炎症が緩和される、疼痛が軽減される、などの効果が表れます。
ケガの応急処置としてのアイシングはダメージを受けた周辺細胞の新陳代謝を低下させるのが目的です。
一口で突き指と言っても骨折、間接の脱臼、腱の断裂、靱帯の断裂などさまざまな症状があります。
ケガには必ず医師に診せなければならない5原則があります。「変形している」「熱がある」「腫れている」「変色している」「痛みがひどい」の5つです。
ケガをした際はすぐにアイシングをして病院に行きレントゲンなどでどんな状態か確かめて適切な処置をする必要があります。
治療を終えドクターのOKが出たら再発予防のためテーピングで指を保護します。
靱帯が切れるほどの重症だった場合は、負傷した指の隣の指を添え木代わりにしてテーピングしましょう。
原則的には "弱いほうの指を添え木にする"ので、中指を負傷したらくすり指を負傷したら小指を添え木代わりとし、2本の指をテープでしっかりと固定します。
親指を突き指した時は機能的にも構造的にも特徴のある親指の付け根の関節は、ケガをしやすい箇所の一つです。
他の指と違って、となりの指を添え木代わりにできないので、安定性を確保するためには手首までテープをかける必要があります。
プレー中に注意すべきなのはブロックのときです。
ブロックとスパイクのタイミングがピッタリ合っている場合はよいのですが、運悪く相手がタイミングのずれたスパイクを打った時などブロック側が力をゆるめていることが多く、そんなときに突き指をしやすいです。
バレーボール選手はジャンプを繰り返します。
その着地の際に足の裏の欠陥の中にある赤血球が壊れ貧血症状を引き起こします。
また夏の暑い時期などに汗をかくことで、私たちの体からは鉄分が失われ、練習で沢山汗をかけば失われる鉄分も増えます。
貧血かどうか調べる方法は、下まぶたを開いた時つまりアカンベーの状態で裏側が白っぽい場合貧血のおそれがあります。
原因が胃や血液の病気だったら大変なので一度病院で調べてもらったほうがよいでしょう。
一番多い原因は食事です。
貧血の予防にはバランスの良い食事が大切です。特に鉄分、タンパク質、ビタミンが必要です。
タンパク質の多い食品は卵・牛乳・納豆、鉄分の多い食品はホウレン草・シジミ・アサリなどがあります。
ビタミンCを100mgとる目安はキウイフルーツ1個半、ブロッコリー1/2わ、トマト2個です。
鉄分は血液だけでなく骨や筋肉を作るときにも使われるので、発育期の選手は特に成長のために鉄分が使われて貧血になりやすいので、成長期の選手は人一倍鉄分をとるようにしましょう。
スパイクやブロックの時、味方や時には相手の足の上に乗って足首を内返し(内反)してしまい、外くるぶしの靱帯が伸ばされてしまうのです。
捻挫は軽症(Ⅰ度)、中症(Ⅱ度)、重症(Ⅲ度)の3段階に分かれます。
重症のⅢ度損傷は捻挫の中でも特に足関節靱帯損傷と言います。
足首を捻挫すると主にくるぶし周辺が内出血のために腫れてしまいます。
そしてジャンプした時に痛みやぐらつき感を生じます。
捻挫を起こしてしまったら「RICE療法」という治療をして下さい。
「R:Rest(局所の安静)」、「I:Icing(熱を取り、痛みを軽減)」、「C:Compression(包帯等で圧迫、出血を抑える)」、「E:Elevation(患部を高くして出血を抑える)」という意味です。
捻挫の予防には足首の柔軟性が大切です。
やはりストレッチや筋力トレーニングは必要不可欠です。
また練習でも試合でも常に足首専用装具を付けておけば、突発的な内反や外反から足首をガードできます。
スポーツの世界で行われるアスレティックテーピングの目的はおもにスポーツ外傷の予防および再発予防です。
内反ねんざのときなどは足首を内側にひねる動きに抵抗するようにテープを貼るころによって痛めた靱帯に過度の力がかからないようにするのです。
アンカー、スターアップ、ラージヒルロックテーピングに使われるテープにはいくつか種類があります。
最もよく用いられるのは「コットンテープ」で、関節を固定するためテープですから伸縮性はありません。38mm幅が一般的で、手指には19mm、25mmといった細めのものを使います。
この他、「伸縮性テープ」「アンダーラップ」「紙ばんそうこう」「モールスキン」などがあります。
テープの外し方は、練習や試合が終わったらテープは速やかに取り外しましょう。
ハサミやカッターでテープに切り込みを入れて外します。
アンダーラップをしてあれば、より簡単に外れます。
くれぐれも皮膚を傷めないように注意して下さい。
次のようなケースではテーピングをせず適切な処置をする必要があります。
骨折・脱臼などの重度の急性障害、腫脹(腫れ)がある、テープにかぶれる、怪我の原因がわからす回復が遅れる、医師の許可がおりない、などです。
スポーツにおける水分補給やアイシングは大変重要な要素です。
特に暑い季節は炎天下よりも無風でエアコンのない体育館のほうがかえって熱がこもりやすく熱中病の危険性をはらんでいます。
そこで必要なのがこまめな水分補給です。
汗をかいて失われた電解質や塩分の補充目的のためスポーツドリンクを水でややうすめて飲みやすくして、夏場の練習なら20分おき位に200cc~300ccはとりましょう。
アイシングには2種類あります。
ひとつは体のケアのために行うもの。
特に必要な部位はバレーボールで痛めやすいところ、肩、ひざの前面、足首、ひじ、手首、ゆびなどです。
運動後のコンディショニングとしてのアイシングは、運動で生じた筋活動の炎症を冷やすことによって抑え、筋疲労を最小限に食い止めるという目的で行われます。
練習後必ずほてった体の部位を10~20分はアイシングして翌日に腫れや体の痛みを残さないようにします。
練習前にやるのも有効です。
ウォームアップ前にアイシングするのは、冷やすことによって疲労やケガなどによる筋肉の張りや痛みをなくして練習をスタートするためです。
冷却することによって感覚を鈍くし、麻酔をかけたのと同じように痛みを感じにくい状態にして、徐々に動かしやすい状態にもっていくのです。
2つめは突発的なケガの処置です。
凍傷に気をつけつつ、局所の腫れや熱を吸収し痛みが治まるまで冷やし続けます。
ポンプを使った循環器冷却装置が売られておりこれを使えば凍傷の心配なく長時間冷やせます。
アイシングをすると、体のその部位には凍りを当てた箇所の温度が下がる、細胞の新陳代謝が低下する、炎症が緩和される、疼痛が軽減される、などの効果が表れます。
ケガの応急処置としてのアイシングはダメージを受けた周辺細胞の新陳代謝を低下させるのが目的です。
一口で突き指と言っても骨折、間接の脱臼、腱の断裂、靱帯の断裂などさまざまな症状があります。
ケガには必ず医師に診せなければならない5原則があります。「変形している」「熱がある」「腫れている」「変色している」「痛みがひどい」の5つです。
ケガをした際はすぐにアイシングをして病院に行きレントゲンなどでどんな状態か確かめて適切な処置をする必要があります。
治療を終えドクターのOKが出たら再発予防のためテーピングで指を保護します。
靱帯が切れるほどの重症だった場合は、負傷した指の隣の指を添え木代わりにしてテーピングしましょう。
原則的には "弱いほうの指を添え木にする"ので、中指を負傷したらくすり指を負傷したら小指を添え木代わりとし、2本の指をテープでしっかりと固定します。
親指を突き指した時は機能的にも構造的にも特徴のある親指の付け根の関節は、ケガをしやすい箇所の一つです。
他の指と違って、となりの指を添え木代わりにできないので、安定性を確保するためには手首までテープをかける必要があります。
プレー中に注意すべきなのはブロックのときです。
ブロックとスパイクのタイミングがピッタリ合っている場合はよいのですが、運悪く相手がタイミングのずれたスパイクを打った時などブロック側が力をゆるめていることが多く、そんなときに突き指をしやすいです。
バレーボール選手はジャンプを繰り返します。
その着地の際に足の裏の欠陥の中にある赤血球が壊れ貧血症状を引き起こします。
また夏の暑い時期などに汗をかくことで、私たちの体からは鉄分が失われ、練習で沢山汗をかけば失われる鉄分も増えます。
貧血かどうか調べる方法は、下まぶたを開いた時つまりアカンベーの状態で裏側が白っぽい場合貧血のおそれがあります。
原因が胃や血液の病気だったら大変なので一度病院で調べてもらったほうがよいでしょう。
一番多い原因は食事です。
貧血の予防にはバランスの良い食事が大切です。特に鉄分、タンパク質、ビタミンが必要です。
タンパク質の多い食品は卵・牛乳・納豆、鉄分の多い食品はホウレン草・シジミ・アサリなどがあります。
ビタミンCを100mgとる目安はキウイフルーツ1個半、ブロッコリー1/2わ、トマト2個です。
鉄分は血液だけでなく骨や筋肉を作るときにも使われるので、発育期の選手は特に成長のために鉄分が使われて貧血になりやすいので、成長期の選手は人一倍鉄分をとるようにしましょう。
2008年5月1日木曜日
ケガの予防と対処
バレーボールはスパイクやブロックでジャンプを繰り返し、レシーブでは中腰姿勢を保ちながら瞬間的にボールに飛びつくなど、激しい運動を行うことから、正しい練習方法や基礎体力づくり、身体に対する正しい知識を身につけておくことは選手として欠かせません。
大腿四頭筋(太ももの前面の筋肉)がジャンプ動作で酷使されることにより、膝のお皿の骨を中心とした上下スネの出っ張り部分が傷みやすくなります。
片方の痛みが出たら両方の膝に痛みが出る確率が高いです。
突発的な怪我でないため、どうしてもさぼっていると誤解されたり、痛くても何とかプレーできてしまうので医療機関を訪れるころにはすでに重症というケースが多いので、気をつける必要があります。
うつぶせに寝てかかとがお尻につかない人は要注意です。
ジャンパー膝の痛みのタイプは、初期は練習後に膝が痛むタイプ、中期では練習中にも痛み、もっと悪くなるといつも痛いという状態になります。
まれに腱が断裂してしまうこともあるので、十分な注意が必要です。
治療はストレッチが最も有効的で、予防のためには練習に限らず四六時中やったほうがよいでしょう。毎日の練習後に膝をアイシングすることも大切です。
バレーボールにおける腰痛のほとんどは筋肉や筋膜の肉離れや使いすぎによる慢性疲労性腰痛でこれが急に起こった場合一般的に「ぎっくり腰」と呼んでいます。
急性のものはアイシングをほどこし、慢性的な腰痛は温めてやるとよいといわれています。
腰痛の対策としては柔軟性の獲得に努めることです。
ストレッチは治療法でもあり最高の予防法でもあります。
他には練習の合間にバスタオルでよく汗を拭き、体を冷やさないようにすること、練習後は必ず入浴し、翌日に疲労を残さないこと、物を持ち上げるときはなるべく膝を曲げることなど日常生活においての自己管理も大切です。
立位体前屈で手のひらが床につかない、長座位(足を伸ばして床に座る)前屈で手が足に届かない、仰向けに寝て足が垂直に上がらない、膝を抱えて胸につかない、うつぶせに寝て逆えびぞりができない、などにあてはまる人は、腰痛予備軍ですので注意が必要です。
代表的な症状腰椎椎間板ヘルニア:腰の骨(腰椎)に守られてその中心にある脊椎の枝(神経)が、腰の骨のつなぎ部分である椎間板(軟骨)によって圧迫され、神経まひ(腰痛以外に足のしびれや感覚が鈍くなる、足・指の動きが悪くなる)を起こす重症の腰痛です。
一般的には腰痛全般をヘルニアと言っている傾向があります。
腰椎分離症:字のごとく腰椎の一部が分離してしまう症状で、運動のしすぎで起こる疲労骨折の一つです。
人間の柱である背骨の腰部分(腰椎)にできたひび、亀裂なので治りにくいのが特徴です。
また腰椎すべり症とは、分離症と症状が似ていますが、腰の骨一つ一つの間がずれている症状を言います。
バレーボールにおける肩関節障害の原因の多くはオーバーユースによるものです。
アタックの動作は野球に比べると大きく空中で思いボールをヒットします。
すると手は打点で止まってしまいそれまで動いていた肩の筋肉や腱の動きもそこでストップする非生理的動作です。
こういった不自然な使いすぎで肩を上げる筋肉、腱が徐々に磨耗して関節を安定させている腱版を損傷してしまいます。
対処法としてはストレッチが有効です。
肩のストレッチにはぶら下がりが最も有効です。
また肩の筋肉を強化するため2キロくらいの軽いダンベルを使ってトレーニングするとよいでしょう。
ストレッチと同様に練習後に、肩の熱や痛みをとることも大切です。
バレーボール選手に多い肩の障害は「動揺肩ルーズショルダー」です。
もともと肩の関節が緩い人、弱い人に多く、スパイクを打つと肩が痛くなります。
特に青少年は肩に負担がかかりすぎて肩痛や亜脱臼の原因になります。
また、「肩関節亜脱臼症」は無理な体勢や打ちすぎで疲労がたまってくると起こる亜脱臼で、いわゆる "外れる"感じがあるものです。
「腱板損傷(ローテーターカフ損傷)」は肩の酷使によって、肩を上げる筋肉や腱が受ける損傷。「インピンジメント症候群」は肩の中で腱が骨に当たって引っかかる障害です。
大腿四頭筋(太ももの前面の筋肉)がジャンプ動作で酷使されることにより、膝のお皿の骨を中心とした上下スネの出っ張り部分が傷みやすくなります。
片方の痛みが出たら両方の膝に痛みが出る確率が高いです。
突発的な怪我でないため、どうしてもさぼっていると誤解されたり、痛くても何とかプレーできてしまうので医療機関を訪れるころにはすでに重症というケースが多いので、気をつける必要があります。
うつぶせに寝てかかとがお尻につかない人は要注意です。
ジャンパー膝の痛みのタイプは、初期は練習後に膝が痛むタイプ、中期では練習中にも痛み、もっと悪くなるといつも痛いという状態になります。
まれに腱が断裂してしまうこともあるので、十分な注意が必要です。
治療はストレッチが最も有効的で、予防のためには練習に限らず四六時中やったほうがよいでしょう。毎日の練習後に膝をアイシングすることも大切です。
バレーボールにおける腰痛のほとんどは筋肉や筋膜の肉離れや使いすぎによる慢性疲労性腰痛でこれが急に起こった場合一般的に「ぎっくり腰」と呼んでいます。
急性のものはアイシングをほどこし、慢性的な腰痛は温めてやるとよいといわれています。
腰痛の対策としては柔軟性の獲得に努めることです。
ストレッチは治療法でもあり最高の予防法でもあります。
他には練習の合間にバスタオルでよく汗を拭き、体を冷やさないようにすること、練習後は必ず入浴し、翌日に疲労を残さないこと、物を持ち上げるときはなるべく膝を曲げることなど日常生活においての自己管理も大切です。
立位体前屈で手のひらが床につかない、長座位(足を伸ばして床に座る)前屈で手が足に届かない、仰向けに寝て足が垂直に上がらない、膝を抱えて胸につかない、うつぶせに寝て逆えびぞりができない、などにあてはまる人は、腰痛予備軍ですので注意が必要です。
代表的な症状腰椎椎間板ヘルニア:腰の骨(腰椎)に守られてその中心にある脊椎の枝(神経)が、腰の骨のつなぎ部分である椎間板(軟骨)によって圧迫され、神経まひ(腰痛以外に足のしびれや感覚が鈍くなる、足・指の動きが悪くなる)を起こす重症の腰痛です。
一般的には腰痛全般をヘルニアと言っている傾向があります。
腰椎分離症:字のごとく腰椎の一部が分離してしまう症状で、運動のしすぎで起こる疲労骨折の一つです。
人間の柱である背骨の腰部分(腰椎)にできたひび、亀裂なので治りにくいのが特徴です。
また腰椎すべり症とは、分離症と症状が似ていますが、腰の骨一つ一つの間がずれている症状を言います。
バレーボールにおける肩関節障害の原因の多くはオーバーユースによるものです。
アタックの動作は野球に比べると大きく空中で思いボールをヒットします。
すると手は打点で止まってしまいそれまで動いていた肩の筋肉や腱の動きもそこでストップする非生理的動作です。
こういった不自然な使いすぎで肩を上げる筋肉、腱が徐々に磨耗して関節を安定させている腱版を損傷してしまいます。
対処法としてはストレッチが有効です。
肩のストレッチにはぶら下がりが最も有効です。
また肩の筋肉を強化するため2キロくらいの軽いダンベルを使ってトレーニングするとよいでしょう。
ストレッチと同様に練習後に、肩の熱や痛みをとることも大切です。
バレーボール選手に多い肩の障害は「動揺肩ルーズショルダー」です。
もともと肩の関節が緩い人、弱い人に多く、スパイクを打つと肩が痛くなります。
特に青少年は肩に負担がかかりすぎて肩痛や亜脱臼の原因になります。
また、「肩関節亜脱臼症」は無理な体勢や打ちすぎで疲労がたまってくると起こる亜脱臼で、いわゆる "外れる"感じがあるものです。
「腱板損傷(ローテーターカフ損傷)」は肩の酷使によって、肩を上げる筋肉や腱が受ける損傷。「インピンジメント症候群」は肩の中で腱が骨に当たって引っかかる障害です。
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