2008年6月2日

最年長が全日本を引っ張る バレーボール多治見麻子 Volleyball

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日本が2大会連続の五輪出場を決めたバレーボール女子の世界最終予選。コートに入る35歳の多治見は連日、「最年長! よみがえった五輪戦士」のアナウンスと、ひと際大きいファンの声援に迎えられた。

 仕事は主にワンポイントブロッカー。フルセットにもつれたタイ戦では第1セット途中からコートに立ち続け、移動攻撃やブロックで逆転勝ちに貢献した。「私の出る場面はピンチが多い。短時間で結果を残すには、気持ちを切らしちゃダメ」。慣れない控えの役割を完璧(かんぺき)にこなすあたりが、豊富な経験を物語っていた。

 1987年のJOC杯(都道府県対抗中学大会)で東京を初代王者に導くなど、その才能は早くから注目を集めた。90年に八王子実践高3年で全日本に初選出され、バルセロナ、アトランタ両五輪にも出場。若手中心に切り替わった97年、全日本の主将を任された。

 だが故障で全日本を外れた2000年、チームはシドニー五輪出場を逃す。最終予選会場で毎日送った声援も届かず、もどかしさだけが残った。

 すでに27歳。「もう全日本も五輪もないだろうけど、満足にプレーできていない。やりきって終わろう」。気持ちを切り替えてVリーグに臨んだものの、01年に所属先の日立が廃部。翌年、新天地を求めてパイオニアに移籍した。

 待っていたのは名将アリー・セリンジャー監督(当時)の課す厳しいトレーニング。「最初はついていくだけで精いっぱい」だったが、毎年全日本に参加し、「夏場に鍛える時間がなかった」という多治見への効果はてきめんだった。すぐにジャンプ力や走力が向上し、新興チームの2度のリーグ優勝に貢献。活躍は柳本晶一監督の目にとまり、昨年、8年ぶりに全日本に招集された。

 北京の出場選手登録期限は6月23日。生き残りをかけた戦いは続くが、「今は本当にバレーが楽しい。もっとうまくなりたいと思っている」と意欲は十分。目標は、過去2大会で手にしていないメダル。「五輪は特別な大会。今度は冷静に戦えると思う」。心身ともに充実期を迎えたセンターの視線は、北京の表彰台を見据えている。

■多治見麻子(たじみ・あさこ)1972年6月26日生まれ、東京都出身。90年、東京・八王子実践高で全国高校選抜優勝大会(春高バレー)を制し、同年に全日本初選出。91年日立に入社、日本リーグ新人賞に輝き、優勝3回に貢献。2001年の日立廃部後、パイオニアに移籍し、Vリーグ優勝2回。07年に全日本復帰。180センチ、70キロ。

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